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第4話 その耳と尻尾のまま学校に行くつもり?

 大夢は枕元のタブレットを手にした。学習用ソフトしか使わない条件で親から与えられたタブレット。その真っ黒な電源オフ画面を鏡の代わりにして、自分の顔を映した。そして、その姿にうろたえた。耳があったはずのところには何もなく、その代わりにそれより上の位置に尖った耳が載っている。真っ黒な髪の毛の合間から生えた耳は本物の獣の耳のように見えた。寝ている隙に悪戯でもされたのかと思い、その耳を引っ張ってみた。しかし、それはカチューシャのように外れることはなく、頭皮に強い痛みが走った。 「うわぁっ。」大夢は叫んだ。  その声が聞こえたのだろう、バタバタと足音が近づいてきた。大夢は慌ててパンツとパジャマのズボンを上げた。尻尾が収まりきらずにはみ出ているが仕方がない。激しい足音からして父だと思ったが、現れたのは母だった。 「おお。」母はそう呻くと、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて大夢を見た。「ついに来たのね。」  その日、大夢は学校を欠席した。1年生の時から続いていた皆勤記録が途切れるのが嫌で抵抗したが、母は聞き入れてくれなかった。最後は「その耳と尻尾のまま学校に行くつもり?」という言葉で諦めた。  母は大夢を前にして、大事な話があると言った。大夢は湿った下着が気持ち悪くて着替えたかったけれど、母にはどうしても言い出せなかった。それを察したのか、たまたまなのか、母は「まずはきちんとした服に着替えていらっしゃい。」と言った。  そして大夢は知ったのだった。自分が狼男の末裔であることを。第二次性徴を迎える頃に変異が始まることが多く、大夢の場合はそれが今日起きたということを。だが、大夢の母は狼男の父親と人間の母親との間に生まれ、自身もまた人間と結ばれて大夢を生んだので、その「血」はだいぶ薄まっており、大夢に狼男としての「目覚め」が訪れるかどうか、今日まで分からなかったことを。 「狼男は普通の人間より体が頑丈で、ずっと長生きできるの。大夢が今まで病気ひとつしなかったのもきっとその血の……。」そこで母は言葉を詰まらせたが、不安そうに見上げる大夢の頬を優しく撫でると、再び話し出した。「ちっとも悪いことじゃないわ。喜ぶべきことよ。あなたのおじい様も狼男だったけれど、とても立派で、優しくて、500歳まで長生きした。」言葉とは裏腹に悲しい表情を浮かべる理由を知ったのは、5年後、母が死に瀕していた時のことだ。

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