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第12話
◇・・◇・・◇・・◇
「あっ!斎~!さっき生活指導が探してたぞ!」
「またかよ。…わかった、サンキュ」
昼休み。
廊下を歩いているところにかけられたクラスメイトの声に、眉を顰めつつも片手を上げて感謝を示した。
食堂にでも行こうかと思っていたけれど、そんな所に行ってしまったが最後、確実に身柄を拘束されてしまうだろう。
昼休みの間、奴(生活指導)が来なさそうな場所へ身を隠すしかない。
そこで思いついたのは中庭。
屋上は俺がよく行く場所だから、奴が見回りに来る可能性がある。だが中庭はほとんど行った事がない。というより一度も行った事がないという方が正しい。
花壇が整えられていて結構きれいだと聞いた事はあるが、花に興味の無い俺はどうにも興味をそそられず、結局足を向けないままだ。
…たまにはいいか…。
そんな軽い気持ちで行き先を決めた。
「…へぇ…。意外に居心地良さそうだな」
花が咲き誇るいくつもの花壇の中心には小さめの噴水。木製のベンチまである。
そしてそこから少し離れた場所にある木立 まで青々とした芝生が続き、その木の下には休むのにちょうど良さそうな日陰ができている。
こんなに良さ気な場所なのに、何故か人の姿は無い。
たぶん皆も俺みたいな考えなんだろう。誰かから身を隠そうと思わない限り、貴重な昼休みの時間を使ってまでここに来ようなんて思わないはずだ。
人がいないからこそ、煩わしくなくてちょうどいい。
花壇から木立までを一巡り見渡した後、選んだのは日陰になっている木の根元。
そこへ向かい、密集して生えている芝生を確認してから、地面という事も気にせず座り込んだ。
離れた場所から見た時、そこは完全なる日陰になっていたように思えたが、実際は葉の隙間からの木漏れ日がキラキラと降り注いでいて、意外と明るい。
眩しくもなくジメジメもしていない。日向のベンチに座るよりもよほど心地が良い座り場所に、体の力を抜いて背後の幹に寄りかかった。
目を閉じると、さっきまでは気付かなかった葉の小さなざわめきが耳に入る。
…このまま午後の授業はサボるか…。
そんな事を思いながら頬に触れる微風に身を任せていると、離れた場所で芝生を踏む誰かの足音が聞こえた気がした。
そしてそれは気のせいではないようで、徐々にこっちに向かって足音が大きくなる。
さすがに気になって目を開けた瞬間、目の前で立ち止まった人物に目を見開いた。
「…なんで…」
驚く俺とは対照的に、相手は表情を変える事なくドサリと隣に腰を下ろす。
ここが学校の中庭で、おまけに視界も明るい真っ昼間だというのに、何の問題もないような顔で平然と煙草を取り出そうとしている相手の腕を、反射的に掴んで止めた。
「…御堂さん。真顔で冗談はやめて下さい」
何を考えてるんだこの人は…、という俺の呆れた眼差しに気づいたのか、面倒臭い奴だなとばかりに嘆息した御堂が、それでも大人しく煙草をしまってくれた事にホッとする。
「なんでこんなとこにいるんですか。ハッキリ言って似合わないですよ」
花壇と木漏れ日と噴水。こんな長閑な光景から浮き過ぎるくらいに浮いている御堂の姿に、ついつい笑いが込み上げた。
だがその笑いも、御堂の次の一言でピタリと止まる。
「お前はここにいても違和感ねぇな、王子様」
「………」
横目で睨んでも何処吹く風の相手に、諦めの溜息を吐く。先に仕掛けた俺が馬鹿だったのか。
…それにしても…、なんでこんなに普通の会話をしてるんだ…。
警戒してしかるべきなのに、あまりに御堂が自然に隣に座ったせいで、思わず普通に会話をしてしまった。
多少なりとも存在に慣れたのか、それともこの前の事が荒療治になったのか、何故か今日は以前ほどの拒絶感を感じない自分がいる。
背後の木に寄りかかりながら、まるでこれが当たり前かのように隣にいる御堂の顔を遠慮なく眺めても、他人に見られる事に慣れているだろう相手は気にも留めない様子で話しかけてくる。
「お前はなんでこんな場所にいんだよ」
「…生活指導から逃げてる最中」
「あぁ…アイツか…」
御堂も何か覚えがあるのか、珍しく苦笑いなんてものを浮かべている。
挙句の果てには、
「お前は風紀乱れの頂点にいるからな…、アイツにとって目の敵なんだろう」
なんて意地悪く笑いながら言ってくれた。
だが、その発言を大人しく聞き入れる事はできない。アンタだって同じだろ、なに他人事のように言ってるんだ、と口から出る前に、どうやら目が全てを語ってしまったらしい。俺の“物言う視線”に気が付いた御堂が、物凄く嫌そうに顔を顰めた。
「…なんだその“アンタだって同じだろ”って顔は。お前と一緒にするな」
「一緒にするな…って、御堂さんだって可愛い子から美人な子まで手を出しまくってるって聞きましたよ。一人だけ真面目ぶらないで下さい」
そう言うと、何故か御堂は疲れたように溜息を吐いた。
そして、機嫌の悪そうな眇めた目で俺の事をジロリと睨み、
「悪いが、俺はお前にみたいに来るもの拒まずじゃないんでな…」
低い声でそう言い放った。
…来るもの拒まずじゃないって、……え……?
中等部・高等部の中でも一番モテている事が確実なこの俺様男。可愛い系から美人系まで、手を出されていない奴はいない…なんて噂が当たり前のように流れていて、誰もがその噂を信じていた。もちろん俺も。
けれど、…違うのか…?
困惑と驚きに御堂をまじまじと凝視していると、俺が驚いている理由がわかったのだろう、何も言わずに視線が逸らされ、そのまま正面の景色を眺めはじめた。
その横顔はやはり精悍で男らしく端正なもので、惚れているとかそういう意味じゃなく、イイ男だとは思う。だが、
…来るもの拒まずだろうが、手を出しまくっていようが、…俺には関係ない、な…。
そんな事を思いながら、御堂の顔から視線を外した
それと同時に、校舎の方から午後の授業が始まるチャイムが鳴り響いたけれど、俺はともかく御堂までもがそのまま動く素振りも見せない。それは結局、二人でこの時間を過ごす事が決まったようなものだ。
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