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第13話

片膝を立て、そこに腕を乗せてくつろいだ様子を見せる御堂が、俺の目にはとても新鮮に映る。 …本当に何やってんだ…俺は。 いったい自分がどういう態度を取ればいいのかわからなくなる。でも、隣にいる人物の自然体の様子に、まぁいいか、と考えるのを放棄した。 授業中の学校内は、何百人もいる事が嘘のように静かだ。特にここはグラウンドからも離れている為に、何も音が聞こえない。微風に揺れる葉のざわめきだけが、耳に聞こえる唯一の音と言ってもいいくらいだ。 心地良さにボーっと気を抜いていると、突然、御堂が口を開いた。 「…俺の3つ下に弟がいるんだが…、コイツがいつもイジメの対象にされててな…」 いきなりの身内話に驚いて隣を見ても、俺の視線には気にも留めず、御堂は正面を向いたまま話を続けた。 「学校じゃイジメられ、外を歩けばカツアゲされ…。おまけに俺の事をそいつらと同種類の人間と思っているらしく、俺の顔を見れば怯えて逃げる。…さすがにそんな状態じゃ助けたくても助けられねぇ」 「………」 確かにアンタは怖いよ。 過去の自分を思い出して納得したけれど、すぐにそれはちょっと違うという事に気が付いた。 俺でさえ、少し話すようになって御堂が悪い奴ではないとわかった。それなのに、兄弟である弟がわからないはずがない。 「アンタ、弟に何か悪さしたんだろ」 呆れを含ませて返すと、御堂はそれをフッと鼻先で笑い飛ばした。 「そうじゃない。弟は親父の愛人の子だ。その母親が4年前に病気で死んで、親父がうちに引き取った。アイツが俺に怯えているのは最初っからだ。最初が肝心とはよく言ったものだな。今日までの4年間、ずっと怯えられてる」 その言葉を、悲しむでもなく苛立つでもなく淡々と述べる御堂が、俺にはなんとなく寂しそうに見えた。 「二年前、俺が高一の時か…。休みの日の夕方に知り合いと外を歩いてて、偶然アイツがカツアゲされてる現場に遭遇した」 「………助けたのか」 俺の言葉に、御堂は一度首を横に振った。 「…いや…、そこに俺が顔を出したら、アイツは余計に怯える事がわかってたからな…、怪我をしそうになったら出ていくつもりで見守ってた。アイツに対してどう接していのかわからなくなってた時だったから。……たくさんの人間が行きかっている通りで、もしかしたら助けようとする奴がいるかもしれない…って、少しだけ他人に期待もしてた。だが…、やっぱりそんな奇特な奴はいねぇよな。大人ですら無視して通り過ぎていきやがる。…まぁそんなもんか…って思った時」 「…………ん?」 言葉を区切った御堂が、突然俺の方を振り向いた。 慣れたと言っても、それでもやはり力のある眼差し。意思を持って射抜かれると、無意識に体が後退ろうとしてしまう。 それでも、次の一言がそんな俺の動きを止めた。 「そこにお前が現れた」 「…お…れ…?」 まさかこの話に俺が出てくるとは思わず、御堂を見つめて固まったまま物凄いスピードで過去の出来事を思い返しはじめる。 二年前って事は、俺が中三の時か。…夕方、街でカツアゲされていた少年? …… ……… ………あ…、もしかして…。 「…髪の毛が茶色くて、色が白くて、小柄な…」 「あぁ、アイツが俺の義弟だ」 「…………」 まさかあの時の子が御堂の義弟だったなんて…。 思い出したのは、大通りにも関わらず3人のチャラい男にカツアゲされていた華奢な少年。 まだ今より多少は物事に対して熱い感情をもっていた当時。くだらない事をしている馬鹿野郎共に苛立ちを覚え、そして見て見ぬ振りをしている周りの大人達にも腹が立ち、気付けばそのチャラい男の一人に声をかけた。 『おい、アンタら、こんな子供に何してんだよ、情けねぇ』 『ぁあ?んだよテメーは!一緒にカモられに来たのか?ん~?』 『汚い顔を近づけるな』 俺のその一言に、男は顔を真っ赤に染め上げた。 『テメェ!ぶっ殺してやる!!』 そいつが俺の胸倉を掴み上げた時、誰かが通報してあったのか、警察官が二人走り寄ってくる姿が見えた。 驚いて逃げようとするチャラ男達だったが、もちろんそれを見逃すわけがなく、思いっきり足を引っ掛けて転ばせてやった。そして敢えなく御用。 そいつらが捕まっている間に、俺はさっさとその場から歩き出した。面倒な事に巻き込まれるのはゴメンだ。 その時、後ろの方から小さな声で 『…あ…有難うございました』 そんな声が聞こえた気がした。 「……こう言ったらなんだけど…、父親が同じわりには違い過ぎる兄弟ですね」 俺の感想に、御堂が喉の奥でクククっと笑い声を上げる。きっと自分でもそう思ってんだろうな。 それにしても、あの場面を御堂が見ていたなんて…妙に気恥ずかしい。 人助けをしようと思ってしたわけじゃないけれど、結果的にそうなった。それを被害者の身内に見られていたかと思うと、居たたまれなくて顔が熱くなってくる。俺はそんなに良い人間じゃない。 すぐに笑いをおさめた御堂だが、何故か俺に向けてきた眼差しは、今までにないほどの柔らかさで…。 それを向けられた瞬間、一度だけ心臓がドキリと大きく鼓動を打った。 「それまでもお前の存在は知っていたけどな、…あの時から…、お前の姿がやけに目について仕方がねぇんだよ」 「…御…堂さん…」 柔らかな眼差しの中に潜む、炎のような揺らめき。それが垣間見えた途端に、息が苦しくなった。 御堂に対して感じ始めた穏やかさを知る前の、緊張に満ちた苦しさが戻ってきたようだ。 片手を地面に着け、身を乗り出してくる御堂の顔が静かにゆっくりと近づいてくる。 この行動が何を示しているかなんて事は、俺じゃなくたってわかる。今顔を背けなければ大変な事になるとわかっているのに、御堂の力強い眼差しから目が逸らせない。 何故避けないのかわからない自分自身に焦りを感じ、脳内では早く逃げろと警戒のシグナルが発せられているというのに…。 …俺はそのまま御堂の口付けを大人しく受け入れてしまった…。 数秒だけ押し付けられた唇は、それ以上何もせずまたゆっくりと離れていく。 まるで初めてかのように触れるだけの幼いキスは、セクシャルなそれよりも恥ずかしさを感じさせる。 御堂がまた元の位置に戻った瞬間、顔が一気に熱くなった。自分が信じられなくて、口元を片手で覆う。そうでもしないと、何か訳の分からない事を叫び出してしまいそうだ。 これだけのことで恥ずかしがっている自分が気持ち悪い。…いや…、こんな純真な口付けだからこそ恥ずかしいのか。 「…っな…に恥ずかしい事してんだよ」 俺がこんな状態だというのに、それを仕掛けてきた当人が至って平静なのがムカついて当たり散らすと、そんな俺を見た御堂は一言 「俺はしたかったからしただけだ。嫌なら避ければいいだろうが」 そう言ってニヤリと笑った。 力づくで抑え込まれたわけでもなく、不意うちでもなく…、確かに避ける猶予があった事を自覚している俺に、それ以上何も言う事はできなかった。

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