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第14話

◇・・◇・・◇・・◇ 「静輝!お前ちょっとこっち来い!」 夜7時。 部活が終わった後、片づけは1年に任せて部室に戻ろうとした静輝に、先輩からのお呼びがかかった。 振り向いた瞬間、首に絡まった腕に問答無用で引きずられ、体育館の隅に連行される。何故だか妙に目をキラキラとさせている好奇心の塊のような相手に、静輝はイヤな予感を覚えた。 「…な…、なんすか突然」 若干引き気味に尋ねた静輝の予感は、見事に当たる事となる。 「お前の親友って、斎雅だったよな?裏ランキングの“イケメンベスト3”に入ってるあの斎が親友だって言われてるよな?おまけに同室者なんだろ?」 「………」 静輝の眉間に皺が寄った。今までの経験上、こういう言われ方をした後は、たいていあまりよくない事を言われる事が多いからだ。 首に掛けているタオルを取り払い、それで額の汗を拭いながら、ほんの少し警戒を含めた眼差しを先輩に向けた。 「…そうですけど…、雅がどうかしたんですか?」 静輝の肯定に相手のテンションが一気に上がり、内緒話でもするかのように距離を詰めてくる。何がそんなに嬉しいのか、顔には満面の笑みだ。例えようもなく怪しい。 それでも、雅に関する事なら聞き逃す事はできない静輝は、耳を傾けた。 …だが…。 「斎と王様、付き合いだしたってホントかよ?」 「………え…?」 聞こえた言葉に、静輝の胸がギリっと痛んだ。その一瞬の痛みはすぐに消え失せ、今度は心臓がドクドクと激しく音を立てる。 …雅が、御堂先輩と………、付き合ってる…? 茫然とする静輝に気付いた相手は、途端にその顔をつまらなそうなものに変えた。 「…なんだよ…、静輝が知らないんじゃ、やっぱガセか…。…そうだよな~、いちばんありえない組み合わせだよな~。な~んだ、つまんねぇ」 がっかりしたように肩を落として去っていく先輩には目もくれず、静輝は立ち尽くしたまま体育館の床を見つめた。 …前、雅が突然御堂先輩の事を聞いてきた。…あれは、そういう事だったのか?惚れたのかって聞いたら、そんな訳ないって怒られたけど、でもそれは誤魔化しただけで…、本当は…。 「せんぱ~い!片付け終わりました~!」 突然体育館内に響いた後輩のでかい声に、静輝の意識が現実へ戻る。 「…あ…あぁ、お疲れ。俺もすぐ帰るから、先に上がっていいよ」 詰まりながらもなんとかそう答えると、後輩は嬉しそうに走り去って行った。 その後ろ姿を見送った静輝の顔には、いつもとはうって変わった思いつめたものが浮かんでいた。 ◇・・◇・・◇・・◇ ここ最近、というより、生活指導から逃れる為に中庭に行ったあの時から、俺の日々の生活に変化が訪れ始めた。 その変化の大元は、“御堂龍司” 中庭で話をして以来、廊下ですれ違えば話をし、食堂で顔を合わせれば一緒に飯を食い、まるで仲の良い友人同士のように、俺の日常にアイツの存在が入り込む。 時折人目を盗むようにして軽いキスを仕掛けてくる以外は、これといって妙な事はしでかさないし、そのおかげで今では御堂の傍が居心地良く感じられる始末。 静輝以外で、こんなにも気を使わなくて済む相手が出来るとは思わなかった。それも相手は御堂。物事はいつどのように転んでいくかわかったもんじゃないな。 そんな事を思いながら自室のリビングでテレビを見ていると、風呂から出てきた静輝が、濡れた髪先から雫をポタポタと垂らしながら横にあったクッションに腰を下ろした。バスタオルでガシガシと頭を拭いている。その姿はさしずめ大型犬のようで、妙に気持ちが和む。 いつもと同じ静輝の行動。そして俺の行動。 だが今夜は、それだけでは終わらなかった。 ある程度の水分をタオルで拭き取った静輝が、そのタオルを床に落とした後、突然動きを止めて俺の顔を真顔で見つめてきた。 言いたいけれど言えない。そんな葛藤が伝わってくる眼差しに、ついつい先を促す言葉が口から零れ出る。 「…なんだよ…。言いたい事があるなら言えばいいだろ」 その言葉に勇気づけられたのか、次第に思いつめた表情に変わっていった静輝は、拳をグッと握り締めて口を開いた。 「…雅…、こんな噂があるの知ってる?」 「噂?」 眉を顰めて問い返すと同時に、何かを堪えるようにさっきよりも強く手に力を込めた静輝。続いて話し出した内容に、俺は頭をガツンと何かで叩かれたような衝撃を受けた。 「雅と御堂先輩が付き合ってるって噂。…校内でもかなり浸透してるみたいだよ」 「…な…んだ…、それ…」 思わぬ話に、頭が真っ白になった。 確かに、今までは何の接点もなかった俺達なのに、最近はよく一緒にいる。他の誰かといるよりも楽しいから、ついつい姿を見ると話しかけてしまう。そういう行動をとっている自覚はあった。だが、何故それが“付き合っている”にまで発展するんだ。 俺の驚いた様子を見て、何故か静輝がホッと安心したような溜息を吐きだした。 「やっぱり本当の事じゃなかったんだ?…でも、最近は前みたいに夜も遊ばなくなったし、御堂先輩とよく一緒にいるし、…そう思われても仕方がない行動を雅がするからだろ?」 「…静輝…?」 まるで吐き捨てるようにそんな事を言い出した静輝の様子に、目を見開いた。 「なんでセフレの子と遊ばないんだよ、そんなに御堂先輩がいい?……最近の雅は、雅じゃないみたいだ」 「……静輝…」 顔を顰めた苦しそうな表情の静輝に、そして言われた内容があまりにらしくなくて、返す言葉が出てこない。 茫然としている俺の腕を静輝が強い力で掴んできた、その痛みにハッと我に返る。 「…何…言ってんだお前。セフレと遊ぶのをよく思ってなかったのはそっちだろ?それなら、遊ばなくなって健全な生活を過ごすようになった事を責められる謂われはないよな?」 「そういう事を言ってるんじゃない!付き合ってないなら、そういう風に思われるような行動は控えた方がいいって言ってるんだよ!最近の雅は本当におかしい!御堂先輩にベッタリで、…なんか…、なんか本当におかしいよ!」 「………い…たいだろ、おい」 「あ…、ゴメン…」 激昂する言葉と比例して強くなった手の力に、さすがに痛みを訴えると、そこでようやく熱くなっていた自分に気が付いたのか…、顔面を一気に蒼白にさせた静輝が謝りながら腕を離してくれた。 怒鳴る静輝というのを初めて見た。おまけに、本人もそんな自分に驚いているのか、項垂れたまま顔を上げない。 未だかつて無い妙な空気に対処法が浮かばず、こうなった原因が自分だという事がハッキリわかっているだけに、静輝にかける言葉も見つからない。 前髪をグシャリとかき上げて溜息を吐いた。途端に横でビクッと震える肩。 俺が怒っている、もしくは呆れているとでも思ったんだろう、さっきまでの勢いが嘘のように静輝から覇気が消えている。 ここで適当に何かを言って宥めるのもありだが、そんなどうでもいいように誤魔化す事だけはしたくないとも思う。それは相手が静輝だから。 この場しのぎで、俺と御堂には何もない、と言うのは簡単だ。だが、それは嘘だろ。何もないわけじゃない。 まだ自分でもよくわかっていないのに、静輝に返す言葉なんてみつからない。 迷った末、何も言わずに立ち上がった。そして自分の個人部屋に戻る。 部屋に入って閉じた扉に背を預けて寄りかかり、明かりの点いていない暗い室内で、ここ最近の自分の行動を思い返した。 …やっぱり…おかしいか…。 考えれば考えるほど、足元の床が柔らかくなってしまったような覚束ない感覚に襲われる。 何がわからないって…、自分で自分がいちばんわからないってのが問題だ。 苦々しい思いにグッと唇をかみしめ、吐き出したい溜息を無理やり飲み込んで目を閉じた。

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