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第20話

◇・・◇・・◇・・◇ ガチャリと目の前のドアが開く。顔を出したのは、この部屋の住人、笹川光。 「どうぞ、入って下さい」 いつものように笑顔で迎えてくれる相手に、軽く会釈だけして足を踏み入れた。 光は、俺が中3の頃から付き合っている一つ下の後輩。通常、数回の逢瀬のみで終わるセフレの中では、唯一ずっと続いている相手だ。だからこそ、きちんと話をしようと部屋を訪れた。 「コーヒーでいいですか?」 「あぁ」 ローソファに腰を下ろし、光が座るのを待つ。 暫くしてから、目の前のテーブルにコーヒーの入ったマグカップが置かれた。フワリと湯気が立ち上り、それは光の性格を表すかのように優しく空気に溶け込んでいく。 外見に似合った可愛らしい仕草でちょこんと正面に座った光は、自分も一口コーヒーを飲むと、それをテーブルの上に静かに置いてこっちを見てきた。 「言わなくても、何を言いに来たのかわかってます」 「…光」 まるで全てをわかっているような光の言葉に、目を瞬いた。そんな俺を見つめる光の瞳は、優しく暖かい。 「御堂先輩、でしょ?…そんな申し訳なさそうな顔しないで。僕は、雅先輩が幸せならそれでいいから」 「………」 「もちろん、もう僕の事は抱いてくれないんだなって思うと寂しいけど、でも僕は雅先輩のこと本当に好きだから、…好きな人をつくらない雅先輩の事、ずっと心配してたから…」 「光、お前…」 相手の口から零れた思わぬ言葉に、目を見開く。それは、前に静輝にも言われた事がある。心配だ、と。 …俺が今まで好き勝手やってこれたのは、周りの人間が優しかったから…。 ようやく、そう気づいた。 「…情けないな、俺は…」 前髪をグシャリとかき乱し、俯いた。 「先輩は情けなくないよ。僕はただのセフレなのに、こうやって話に来てくれて凄く嬉しかったです。…ありがとう」 その光の言葉に、涙が出そうになった。 最近の俺は妙に感動しやすくなっている。それもこれも、全て原因はあの人だ。自分の変化に、戸惑いとくすぐったさを感じる。 目の前でまだ湯気を立てているカップを手に持った。口に含んだコーヒーは微かに甘く、固まっていた心を溶かしていく。 「…光、お前さえイヤじゃなければ、これからは友達として付き合ってくれないか?…勝手だとは思う。でも俺は、恋愛とかセフレとかなしに、お前とはこれからも付き合っていきたい」 「…雅先輩…」 手元にカップに向けていた視線を正面に戻すと、何故か光が泣きそうになっていて、ちょっと焦った。 「おい、光?」 「…嬉しい…、すごく…嬉しい…」 そう言った光の顔は、泣きながらも花がほころぶような笑みを浮かべていた。 それから少しの間、二人で色んな話をした。 そして気付けば時計の針は23時。 そろそろ帰るよ、と光の部屋を出る際、 「改めて、これからもヨロシクね、雅先輩」 「あぁ、俺の方こそ、これからもよろしく、光」 ガッチリと握手を交わしたその手が、とても温かく感じられた。 ◇・・◇・・◇・・◇ 御堂に自分の想いを告げる。 そう決意した時から、心にあったわだかまりや濁った何かが、綺麗さっぱり消え失せた。 全てを話して、それでダメだったらしょうがない。諦めるか諦めないかは、その時になって考えればいい。 今はただ、逃げずに話をする事が重要だ。 光と話をした翌日の昼休み。御堂の姿を探して教室を出た。 運良く移動中の御堂を廊下で見つけられればいいが、もしどこかで寝ていた場合は、見つける事が難しくなる。 …さぁ、どこへ向かうか…。 3階と2階の間にある階段踊り場で足を止めて行き先を悩んでいた時、その姿が視界の端に映った。 1階から上ってきて2階の廊下へ進んでいく後ろ姿は、相変わらず堂々たるオーラに満ち溢れている。 考える間もなく足が動いた。階段を駆け下り、御堂の後ろ姿を追う。 周囲を見る余裕もなく走り出した俺の姿に、正面から来た奴が驚いたように視線を投げかけてきた。ぶつかりそうになって「悪い」と謝るも、立ち止まる事はしない。 どこに行こうとしているのか、特別教室のある方向へ向かう御堂の姿。 手を伸ばせば掴める位置までその背が近づいた所で、ようやく足を止めた。 走っていた足音が自分の後ろで止まった事を疑問に思ったのか、それまで前を向いて歩いていた御堂が何気なくこっちを振り向く。そして俺の姿を見た瞬間、僅かに片眉を引き上げたけれど、ここ最近の行動と変わらず、存在を無視するようにしてまた正面に向きなおって足を進めはじめた。 完全に拒絶されている事がわかるその態度に、胃のあたりがキュっと縮む。だが、こんな事で尻込みしている場合じゃない。 重くなった足を無理やりにでも動かして、御堂の隣に並んだ。 「御堂さん」 「………」 呼んでも振り向いてさえくれない相手の様子にめげそうになるも、ゴクリと唾液を嚥下し、覚悟を決めて手を伸ばす。 御堂の片腕を、無視させてなるものかという強い力で思いっきり掴み、自分に引き寄せた。 前に進めなくなった事で、まるで舌打ちでもしそうな苦み走った表情を浮かべた御堂は、ようやく足を止めた。 久し振りに正面からぶつかった眼差しは、凍土の如く冷え切っていて、その瞳の中に何か違う光を見つけられないかと探っても、やはり何も見つけられない。 突き刺さる視線と、周囲からの好奇の眼差しが煩わしい。 御堂の腕から手を離した。 「今日の放課後、少しでいいから俺に時間をほしい」 「…なんでだよ」 「アンタに話したい事がある」 「………」 拒否の眼差しを受け止める事がこんなにも怖い事だと、初めて知った。 この冷たい眼差しの前から逃げだしたい、視線を逸らしたい。 だが、それをすればきっと御堂とはこれで終わるだろう。そんな気がした。 傍から見れば、お互いに睨み合っているようにしか見えないだろう。今にも殴り合いが始まりそうな一触即発の空気に、周りで立ち止まっている奴らの固唾を飲む気配が伝わってくる。 暫くたち、御堂が静かに口を開いた。 「…放課後、教室へ来い」 「わかった」 御堂の答えを聞いた瞬間、張っていた気が緩みそうになった。ここで断られたら、もうどうにもしようがなかった。難所を一つ越えた気分だ。 そして、一番の難所は今日の放課後にやってくる。 俺の言葉を聞いた御堂は、もう用はないとばかりに歩みを再開し、俺の存在を気にも留めてない様子で歩き去っていく。 遠ざかっていく距離が今後の俺達の間を示しているような気がして、ひどく苦い気分に陥った。

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