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第21話

「あれ~?斎は帰んないの?」 「あぁ、まだ用事があるからそれまで時間潰し」 「そうなんだ?じゃあまた月曜日に!」 そう言って元気よく教室を出ていくクラスメイトを見送った後、静かになった空間で一人深呼吸をした。 これから始まる御堂との時間を思えば、他の事など何も考えられない。 緊張に呼吸が荒くなる。補給しても補給しても酸素が足りない。こんな緊張感は何年振りだろう。目まぐるしく変化する自分の感情に、体が付いてこない。 話をするだけでこの体たらく。どれだけ小心者だったんだ俺は。あまり物事には動じないと思っていた自分の、新たな一面を発見。きっと今までは、物事に動じない、じゃなく、動じるような物事に遭遇していなかっただけ。 感情を揺り動かされる事がこんなにも体力を消耗するだなんて、知らなかった。 時計を見ると、もう17時半。さすがにどのクラスも、教室に残っている生徒はいないだろう。 座っていた机から、重い腰を上げた。 一歩進むごとに、細い鉄のワイヤーで心臓が締め付けられるかのよう。 教室を出て人気のない廊下を歩き、階段を上る。校舎内の空気が、やけに埃っぽく感じてしょうがない。 上の階に辿り着く。御堂の教室まではあと数メートル。もうその扉は見えている。 ここまで来て何を恐れるのか、話があると持ちかけたのは俺の方なのに…。 どこまでも情けない自分に自嘲の笑みを浮かべ、意を決して足を速めた。 目の前にある教室の扉。開けたからと言って死に直面するわけじゃないのに、ここまで手に汗握るとは…。 一度短く息を吐き出すと、今度こそ扉を開けた。 「………」 「………」 夕陽の差し込む静かな教室。 窓際に一人佇む影は、誰と問う必要もなくわかりきった相手。 俺が来た事がわかっているはずなのに、御堂の視線は窓の外に向けられたままだった。 後ろ手に扉を閉め、二人しかいないこの濃密な空気の漂う室内に足を踏み入れる。 近づくにつれ、夕陽を浴びて逆光となっていた御堂の顔が鮮明となり、目に焼きついた。 「…御堂さん。話、してもいいですか」 隣に立ち、その精悍な男らしい顔を見つめて言葉を放つと、そこでようやく御堂の顔がこちらを向いた。 きっと無表情だろうと思っていたのに、夕陽に照らされているその顔には、意外な事に眉を寄せた険しい表情が浮かんでいる。 怒っているとも違うその表情の意味が、俺にはわからない。 ただ、黙っていても埒が明かない事は確かで…、ほんの少し見つめあった後、躊躇いながらも口を開いた。 「…この前、アンタに言われた事、最初の内は意味がわからなかった。言われた言葉が本気だって事はわかったけど、あれはそういう事じゃないですよね」 「………」 何も反応の無い相手の様子に一度言葉を止めるも、無言のまま視線で「続けろ」と促され、再び口を開く。 「ごちゃごちゃ言うのは俺の性に合わないんで単刀直入に言いますけど、この前、静輝にはハッキリと断りを入れました。その理由は、俺自身の気持ちが自分でわかったから、です」 そう言った瞬間、それまで微動だにしなかった御堂が、緩く溜息を吐いて背後の窓ガラスに寄り掛かった。 何か言うのかと少し待ったが、御堂の視線は俺に向けられたまま、口を開く様子はない。俺が全てを話し終わるまで口を出すつもりがないとわかった。 御堂が動いた事によって、少しだけ張りつめた空気が緩んだ。それに伴い、体に入っていた余分な力が抜ける。 「アンタの気持ちの事もそうだけど、俺自身の気持ちと向き合いました。固定観念とか周りの事とか…、余計な事にばかり気をまわしてたって…。…静輝と話をしていて、それにようやく気付きました」 その後、アンタの事が好きだ、と続けようとした、だが、それよりも先に言葉を放ったのは御堂の方だった。 「…うるせぇんだよ」 吐き捨てるような言い方と苛立ちを含ませた声に、目を瞠る。 そして、その後に続いた言葉に耳を疑った。 「静輝静輝って、うるせぇんだよ。俺の前で他の奴の名前を出すな」 「…他の奴の名前って…、でも話の流れ上、仕方ないだろ」 苛立つ御堂を前に茫然と呟くと、窓ガラスに寄りかかっていた背を起こした御堂が、ぶつかる程近くまで身体を寄せてきた。反射的に後退ろうとしたが、二の腕を強く掴まれてそれを阻止される。 「お前は何をしにここに来た?柏野の話をしに来たんじゃないだろうが」 「…俺は…」 掴んだ腕ごと御堂に引き寄せられ、トンっと体がぶつかって止まる。 真上から見下ろしてくる獰猛な双眸にはそれまでの冷たさは消え失せ、かわりに、全てを焼き尽くしてしまう程の劫火の熱情が映し出されていた。

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