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お弁当と小説
「成美さんも、早いですね」
「僕はいつも家にいてたくさん寝れるからね。それに、最近は時雨君に会うのが楽しみでいつもより目が早く覚めちゃうんだ」
その言葉が時雨は嬉しくて、でも気恥ずかしくて、自分の顔に熱が集まるのを感じる。それを隠すために、時雨は持っていた手提げのバッグを成美の前に突き出す。
「あ、あの!お弁当、また作ってきたんで、よかったら、食べませんか?」
「わぁ、やった!また作ってきてくれたの?嬉しいなぁ」
高校に入学してからは中学生の時よりも生活に余裕ができ、料理が苦手だと以前話していた成美の為に、成美に会える日だけは自分でお弁当を作るようになったのだ。
公園の東屋の中のベンチに座り、お弁当を広げる。
「すごい、美味しそう!」
「前に成美さんが好きって言ってたハンバーグ、作ってみたんです。美味しいか、分からないんですけど・・・」
自信なさげに言うと、成美は無言で箸を持ち、真っ先にハンバーグを口の中へといれる。時雨は隣でじっと成美をみつめ、感想を待った。
成美は口の中のものをゴクリと呑み込むと、時雨の顔を見てニッコリと笑った。
「これ、すっごく美味しいね!今まで食べたどのハンバーグよりも美味しいよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん!時雨君は料理が上手だよね。羨ましい」
嬉しさのあまりつい顔がにやける。
時雨は自分ではあまり気が付いていないが、成美と出会ったことで表情が豊かになった。基本無表情の時雨は、成美のちょっとした言動や行動でコロコロと表情が変わる。それに時雨自身が気が付くのはもっと後のこと。
美味しそうにお弁当を頬張る成美を横目に、時雨も自分の分を広げて食べ始めた。
中身は成美に作ったものと変わらない。
黙々と食べ続ける時雨の隣で、成美はおかず一つ一つに感想を言って褒めたたえた。
自分で作ったものだから、味見はしているし、そこまで不味くはないだろうとは思っていても、口に出して褒められるとつい恥ずかしくなってしまう時雨は、食べるときに顔を隠さないと、自分でもどんな顔をしているのか分からなくて、安心して食べることができなかった。
そんなこんなで朝食を取り終えると、時雨はバッグの中から一冊の本を取り出し、成美に渡す。
「成美さん、これ。貸してくれてありがとうございました」
「いえいえ。って、あれ?」
「どうかしました?」
「いや、この本つい三日前くらいに貸した本だよね?これ難しかったでしょ?こんなすぐ読み終わると思ってなかったから、驚いちゃって」
成美が時雨に貸した本は、かの有名な文豪である夏目漱石の書いた「こころ」。読むだけでも結構時間がかかる上に、まだ読みやすい方ではあるものの、高校生になったばかりの時雨にはいささか難しい本だろうと思っていた成美は驚いた顔で本を見た。
「それに、君は読みたい本を買ったり、借りた順に読むんだろう?だから尚更驚いたんだよ」
「確かに、順番は決めたりしてるんですけど・・・。なんか、成美さんから借りたのは、読んでいる本があっても優先して読みたくなるんです。自分じゃ知ることができなかった世界に行けることが楽しくて。成美さんが本を貸してくれる度に、これはどんな話なんだろう?主人公はどんな人なんだろう?書いた人は何を思っていたんだろう?そういうことを考えるんです。自分で読みたいと思った本だったら、そうは思わないのに。笑っちゃいますよね。でも、それが楽しくて、つい手を伸ばしちゃうんです。そうすると、読み終わるまで続きが気になっちゃって。だからこんなに早く読み終わっちゃいました」
時雨は恥ずかしくてつい顔を下に向けて笑った。しかし、成美はそんな時雨を笑わなかった。むしろ、お礼を言われた。
「ありがとう。そう言ってくれて、すごくうれしいよ。そんなこと言ってくれる人、君以外にいなかったから。これからも、たくさん本貸すね」
「はい!」
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