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不毛な恋心
時雨は成美に出会ったときから恋をしていた。胸がドキドキして、苦しくなる。笑ってくれると尚のこと。男が男になど、不毛な恋でしかないことは承知の上で、時雨は恋をしている。成美の一挙手一投足、一言一句すべてに対して胸が苦しくなる。この気持ちを伝えることはしなくていい。ただ成美の近くで、楽しい話も辛い話もなんでも話せる仲でいられるのなら、多くを望んだりなどしない。そう心に決めていた。だから、なるべくばれないように、顔が赤くなることなどがばれても、この心にだけは気が付かれないように。そう思いながら、時雨は学校までの道を走った。
その日の授業は、ほとんど頭に入ってこなかった。といっても、これは今に始まったことではない。雨の日はいつもこんな感じなのだ。朝の出来事が夢みたいで、放課後にも会えることが嬉しくて、なかなか現実に帰ってこられなくなる。
そうして気が付けば、放課後になっていた。
ショートホームルームが終わると、時雨は急いで下駄箱へと向かう。
廊下を早歩きで歩いていると、後ろから翔が追いかけてきた。
「おい、時雨!なんで先に行っちゃうんだよ。一緒に帰ろうぜ」
「悪い、今日は先約がいるからまた今度な」
「先約って?」
「翔の知らない人。じゃあな」
「ちょ、時雨!」
翔を無視して公園までの道を走った。雨はまだ降り続けている。小雨ではあるが、晴れる気配もない。足取りはひどく軽かった。
背中で揺れる鞄がひどく重く感じて、そこら辺に捨て置きたいと思うほどに、早く公園へ行きたかった。
次の角を曲がればもう公園が見える、というところまで来ると、一度足を止め、呼吸を整えた。深呼吸して、心臓を落ち着かせる。そしてまた歩き出した。
公園には、雨のせいで人がいない。その中に一人、時雨の探している人は東屋の中で本を読んでいた。
その姿は何とも美しく、つい見惚れてしまうほどだった。惚れていることを差し引いても。
成美に近づいていき、声をかけた。
「こんにちは」
「あぁ、時雨君。待ってたよ。今日も早かったね」
成美は読みかけの本をパタリと閉じて、座っていたベンチの横へ置いた。
「成美さんと、早く朝の続きを話したくて。走ってきちゃいました」
そういうと成美はクスクスと笑って時雨の頭を撫でた。
「君は嬉しいことを言ってくれるね。ありがとう」
「・・・ッ」
頭を撫でられると、何とも言えない気持ちになった。
父親や青山とはまた違う、言葉ではうまく言い表せない、でもとても幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。そんな感覚だ。
頭の上から手が離れるのを惜しく思った。
成美はベンチに置いた本を小脇に抱え、傘を開く。
「時雨君」
「あ、はい」
「今日は散歩しながら話さない?いつもここで座りっぱなしだからさ。近くに静かないい場所があるんだよ」
「はい!」
いつもの二人の待ち合わせ場所ではない、別の場所へいくことは、時雨にとって、嬉しいことであった。
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