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紫陽花と笑い
二人は傘をさして公園から出る。
成美が道を先導しながら、朝の続きを話した。貸してくれた本の良かったところ、難しかったところ、面白いと思ったところ、書き方が少し難しかったこと。本当に他愛もない、ただの趣味の話。でもこれが、二人にとって幸せな時間なのであった。
しばらく歩いていると、時雨は見覚えのない場所にいた。
基本家からあまり出ない時雨は、学校や図書館、近くのスーパーなどと決まった場所にしか足を運ばないため、自分の街を冒険などしたこともなかった。
「ここだよ」
そう言って連れてこられたのは、時雨の家より三十分ほど歩いたところにあるお寺だった。
そこのお寺は、石造りの階段を上った上にある。敷地も少しばかり広くて、ちょうど梅雨時になると紫陽花が見れる。
初めて来た時雨は、階段を上る成美の後をついていく。
上り終えると、そこには色とりどりの紫陽花が見事に並んでいた。
その中を進んで、少し奥に進むと、休憩したりするにはちょうどいい東屋があった。
「こっち。足元気を付けてね」
慣れた足取りで進んでいく成美の後ろについて、東屋までいく。
「いやぁ、やっぱりこの時期は紫陽花が綺麗だね。この時期は時間があるとこうして足を運ぶんだ。ここ、綺麗でしょ?」
そう言われ、あたりに目を向けると成美のいう通り色とりどりの見事な紫陽花があたり一面に咲いていた。その光景に時雨は暫く我を忘れ、見惚れていた。
「・・・はい。俺、近くに住んでるのに、こんなところがあるなんて、知らなかったです。ありがとうございます」
「いえいえ。気に入ってくれたならよかった。でも、疲れてない?結構歩かせちゃったから」
「全然。疲れてなんかないですよ」
そういうと、成美は「若いっていいね」といって羨ましそうな顔をした。
「成美さん、おじいちゃんみたいなこと言ってますよ」
クスクスッと笑うと、成美は頬を少し膨らまして「馬鹿にしたなぁ」と怒ったような顔をする。
「馬鹿にはしてませんけど・・・」
「馬鹿にしてるでしょ!分かるんだからね」
「いえ、ほんとに馬鹿になんてしてませんよ」
否定する時雨を成美は指す。
「嘘だね。だって、君今も笑い堪えてるでしょ?肩がピクピクしてるから全部わかるんだぞ!」
「だって・・・」
そこまで言うと、あまりの可笑しさに必死にこらえていたものがすべて噴き出てしまった。
おじいちゃんのようなことを言っているのに、態度は子供のようでかわいらしく、そのギャップの差があまりにも可笑しくて、時雨は腹を抱えて笑う。
それにつられ、成美までもが一緒になって腹を抱えた。
ひとしきり笑い終えると、備え付けのベンチに成美が腰を落とした。
「はぁ、こんなに笑ったの久しぶりだよ。君のおかげだね」
時雨もその隣に腰を下ろす。
「俺もです。こんなに笑ったの、久しぶり、いや、初めてかもしれません。成美さんのおかげですね」
二人はまた可笑しくなり、さっきよりは小さな声で笑いあった。
雨が地面や、紫陽花の上に落ちる音と、ケロケロという蛙の鳴き声と、二人の笑い声が、誰もいない空間に響く。
「時雨君は、僕といて楽しいかい?」
「え?」
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