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心臓と呼吸
「時雨君は、僕といて楽しいかい?」
「え?」
突然そんなことを聞かれ、一瞬答えに詰まる。
「・・・楽しいですよ。俺は、あんまり友達もいないし、同年代には、好きなことを話せる友達もいない。だから、成美さんと、本とか映画とかの話ができるのも、こんな風に他愛もない会話で笑えるのも、成美さんといると、全部が楽しいです」
「・・・そっかぁ。そう言ってくれると、嬉しくなっちゃうなぁ。僕も、昔からこの体質だから、友達っていうのが少なくてね。だから、うん。君と出会えてよかった」
成美は時雨の目をまっすぐ見てそう言った。
時雨は、まっすぐ見つめられて恥ずかしくて、今すぐにでも目を反らしたいのに、体がいうことをきかない。澄んでいる瞳があまりにも綺麗で、美しくて、まるで作り物みたいで、そこから目が離せない。
顔が熱くなっていくのを、自分でもわかるくらいに感じる。それどころか、心臓が早鐘を打ち始め、体中の血液がものすごい勢いで駆け巡っている。ドクンドクン、と頭の中で響く。口は開きっぱなしになっているのに、言葉が出ない。喉に何かが詰まっている。
ゴクリ、と喉を鳴らす。そして、やっとまともに息ができた。
「・・・俺も、です」
やっとのことで出せた一言がそれだけだった。
成美はニコッと笑うと紫陽花に目を向ける。時雨はやっと体が動いた。しかし、体はまだ熱い。心臓もうるさい。深呼吸をしてみても、ちっとも効果なんて現れはしない。自分の体に何が起こったか、時雨には分からなかった。
その後もしばらくは落ち着かなかったが、だんだんとましになってきて、お寺を出るときにはもうすっかり治まっていた。
「時雨君時間大丈夫?もう大分日が落ちてきちゃったから、帰ろうか」
「あ、ちょっとなら遅くなっても平気です。母には遅くなるって言ってあるので」
「そうなの?まぁでも未成年を遅くまで連れまわすのは良くないから、帰ろう」
「・・・はい」
この楽しいひと時がもう終わつてしまうことに、時雨は肩を落とした。それが成美に伝わったのか、成美は時雨の頭をそっと撫でる。
「また一緒に来てくれる?」
「あ・・・はい!もちろん、来ます!」
「そっか。よかった。じゃあそんな良い子の時雨君よ」
「はい?」
「ちょっと遠回りして帰ろうか」
いたずらな笑みを浮かべる成美。時雨はそれを聞いて嬉しくなり、言葉ではなく、首を縦に振る。
二人は階段を下りて、来た道とは違う道を歩く。
来た時の倍ほどかかってしまうが、時雨はそれがとても嬉しかった。
成美と一秒でも長く話したくて、一緒にいたくて、普段は遠回りなんて面倒くさくて最短ルートしか使わない時雨は、この時初めて道がいろいろなところにつながっていることを感謝した。
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