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父と妖精
時雨の父親が死んだのは中学生の時だった。
突然ではなく、だんだんと衰弱して死んだ。元から体の弱い人で、昔からそう長くはないと医者から言われていたらしい。だからよく体調には気を使っていた。少しでも長生きするために。
風邪になったことはほとんどなかったし、それ以外の病気にも滅多にかからない人だった。しかし、時雨が中学生のとき、風邪にかかった。
最初は皆がただの風邪だろうと思い、充分に安静にしていれば大丈夫であろうと思っていた。それが間違いだったのだ。
時雨の父親は突然入院することになり、日を重ねるごとに体調が悪化し、最後は意識のないまま死んでしまった。
美浦は突然のことに泣いた。普段どんなことがあっても気丈に振舞ってる美浦でも、旦那の死は相当に堪えていたのだろう。
誠は小学生だったが、泣いている母親を見てか、葬式の日以外泣くことはなかった。
しかし、時雨はそうはいかなかったのだ。
もう進路を決めなければいけない時期に父親を亡くし、母親はとてもそんな話ができる状態ではなく、軽く家庭が崩壊していた。
誰かに何かを相談したくても、友達と呼べる人間が翔しかいないのに、その翔に辛く当たってしまったりして相談なんてとてもできない状態。そのうちストレスだけが溜まっていき、気が付いた時には不眠症になっていて、軽く拒食症の症状もでていた。時雨は身も心もボロボロになっていたのだ。
そんなある日の朝のこと。
不眠症になって一月近く経っていた時雨は、その日も眠ることができずに、早朝まで外を眺めていた。その日は、夜からずっと雨が降っており、その雨の音が妙に心地よく聞こえてくる。ふと外に出たくなった時雨は、美浦と誠を起こさないように、静かに靴を履いて外へ出た。
まだ外は薄暗く、少し遠くがよく見えない。見慣れた景色の中を何も考えず、傘を差して歩いていると、公園の中に人の気配を感じ、目を向ける。すると、そこには傘を差さずに両手を広げ、まるでシャワーを浴びるかのように立っている人がいた。時雨は、なぜかそのひとから目が離せなかった。
どのくらい見ていただろうか。ほんの数分かもしれない。でも、もう何時間も見ている気がして、それでも目を離すことができなかった。
そうしてじっと見つめているうちに、雨を浴びていた人が時雨に気が付く。
「・・・君、どうしたの?」
「・・・え?」
「泣いてる」
そう言われ顔を触ってみると、傘の下にいるのにも関わらず頬が濡れていたのだ。その時、時雨は初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あ、れ。何で・・・」
それを自覚すると、涙がとめどなく時雨の目から零れ落ちる。
「・・・ちょっと待ってて」
そう言ってその人は時雨の方へと歩いてくる。
近づいてくるにつれて、その人が男であること、そして、髪の毛が真っ白く、瞳の色が赤いのがはっきりとわかる。細くて肌も髪と同じくらい白くて、とても綺麗だ、と時雨は思った。
(雪の妖精みたいだ・・・)
時雨は小さい時に父と母に読んでもらった「雪の妖精」という本を思い出す。その本の妖精は、真っ白な女の人だったが、今目の前にいるのは男だ。髪が長いせいか、どうしても時雨にはその妖精にしか見えなかった。
その人は時雨の近くまで来ると、フェンス越しにハンカチを差し出す。
「これ、濡れてないから使って」
「え?いや、でも・・・」
「いいから」
優しい、温かみのある顔で笑って、ハンカチを手渡してくれた。時雨はおずおずとそのハンカチを受け取ると、その人はより嬉しそうに笑った。
「・・・ありがとう、ございます」
その男はフェンスを乗り越えると、時雨の傘の中に入ってくる。
「あっち行こう。座った方がきっと落ち着くと思う」
「・・・はい」
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