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喜びと現実

嬉しかった。本当に、嬉しかった。うまく人と付き合うことができなかった時雨にとって、その一言はあまりにも重くて、口にするのが怖くて。でも、いざ口にしてみると、思っていたより怖くなかった。咄嗟に出てしまうくらいには、怖くなかった。  その返答に成美の表情は、子供のような無邪気な笑顔でも、大人がするような愛想笑いでもなかった。フニャリとした、本当に心から嬉しい時にするような顔を見せる成美。  その顔は、時雨を恋に落とすには十分すぎる笑顔だった。 「ありがとう。よろしく、時雨君」 「・・・こちらこそ」  差し出された手を握り返す。その手のあまりの冷たさに時雨は驚いてしまい、肩をビクリと揺らす。  それに気が付いた成美は手を急いで離す。 「ごめん、濡れてるし冷たいし、気持ち悪かったよね。ごめん」 「ち、違います!」  あまりにも悲しそうな顔をする成美の誤解を解きたくて、つい大きな声がでる。 「違います。・・ただ、ちょっと冷たくて驚いただけなんです。本当に、気持ち悪いとか、そんなこと思っていませんから」 「・・・君は、優しい子だね」 「そんなこと、ないです」 「そう?充分すぎるくらいに優しい子だと思うけどな」  成美の口をついて出る言葉すべてが、時雨を赤く染め上げ、そして、時雨を喜ばせる。  恥ずかしさと、緊張でどうにかなってしまいそうになっていると、ズボンのポケットに入っていたスマホが振動した。 「すみません、電話出てもいいですか?」 「全然いいよ」  傘を差し、東屋から少し離れたところに行き、電話にでた。 「もしもし」 『兄さん?今どこにいるの?何してるの?』  それは誠からの電話だった。電話の向こうの誠は、なぜか怒っていた。 「何って、散歩。テーブルの上に書置きしてあっただろ」 『あったけど・・・。とにかく早く帰ってきて。母さんも心配してるから』 「・・・わかった。すぐ帰るよ」  誠はまだ何か言いたそうな雰囲気をしていたが、時雨は面倒くさいと思いすぐに電話を切る。  東屋に戻ると「大丈夫だった?」と心配そうな顔で聞いてきた。 「千我屋さん、すみません。俺、もう行かないと」 「うん。親御さんが心配しているんだろう?近くまで送ってくよ」 「いえ、そんな。悪いので・・・」 「お願い。この時間、まだ朝だし人あまりいないけど、薄暗いし危ないから」  悪いから、とそのあとも断ったが成美も引かなかった。時雨は渋々だが、家まで送ってもらうことにした。

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