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早めの約束
手を振って公園の方へと戻っていく成美の後姿をしばらく見て、角を曲がってその姿が見えなくなったところで時雨はマンションの中に入る。
家に帰ると、美浦が心配そうな顔で玄関に立っていた。時雨はそれに少し驚く。誠はなぜかひどく怒っていて、学校に行くまでずっと睨まれてた。
学校に行ってからも成美という存在が頭を離れることはなかった。
学校が終わり、掃除を終え、ホームルームも終わると時雨はすぐに学校を出る。
公園までの道を走った。普段走ることなんて、体育の授業ですら嫌なのに、足が勝手に動く。早く成美に会いたくて、雨の中を走る。この時初めて傘というものが邪魔だと思った。とにかく早く、成美に会いに行きたかったのだ。まだ夜でもないのに。
公園に着くと、中を見回す。しかし、誰もいなかった。
(やっぱり・・・いないか)
そう思い、一度出直そうと思い、家に帰ろうと足を家の方角に向けた時だった。
「あれ、時雨君?」
「・・・え?」
背後から聞き覚えがある、というより会いたかった人の声が聞こえ、後ろを振り返る。するとそこには朝とは違う服を着て、傘を差して立っている成美がいた。
「あ、成美さん・・・」
「学校帰り?意外と早いんだね」
クスクスと笑う成美に驚きの顔を向ける時雨。
「どうしたの?そんな驚いた顔をして」
「・・・だって、まだ夜じゃないのに。なんで・・・ここにいるんですか?」
約束は夜だった。今は、まだ夜と呼ぶには明るすぎる。なのに、ここにいる成美が不思議だった。
「・・・時雨君がいつ来てもいいように、ずっと待ってたの」
「え、この寒い中・・・ずっと?」
「そう。君を送った後、一度家に帰って、着替えてから来たんだよ。ほら、見て。朝より暖かい恰好をしているだろう?」
両手を広げて服を見せる。
確かに朝に着ていた薄い服とは違い、この時期に合った服を着ていた。白いニットに黒いスキニー、それから薄手の茶色いコートを羽織っている。
「変かな?」
「いえ、全然。むしろ凄く似合ってます。でも、寒くなかったですか?」
「んー、ちょっと寒かった。でも、楽しかったよ」
「楽しかった?」
「うん。朝や夜には見られない景色とか、人とかが見れて凄く楽しかった。昼間になんて滅多に出歩かないから、凄く新鮮だったんだ」
成美はそう言って楽しそうに今日見たものを話してくれた。寒さよりも楽しさの方が勝ったようだ。
「あとはね、小さな女の子を連れて歩いてるお母さんがいてね。女の子は可愛らしいレインコートを着ててさ。雨の日が嬉しいのって僕だけじゃないんだなぁ、って思えて嬉しかった。でもその子躓いてこけちゃってさ。大泣きしてたんだけど、お母さんが濡れるのも気にしないですぐに抱き上げて。そしたらその子すぐに泣き止んだんだよね。ああいうの、いいなぁって」
「いい親子なんですね。その人たちは」
「そうだね。きっと、仲良しなんだろうなぁ。時雨君のお家はどう?皆仲良し?」
時雨は答えに詰まる。
昔は皆仲は良かった。それこそ今話に聞いた親子くらい仲が良かったのだ。でも、時雨が中学に上がり、父親の体調があまりよくなくなってからは、あまり話さなくなってしまった。話す機会がなかったと言えばそれは嘘だ。いくらでもあった。けれど、時雨はつまらない反抗心から父親とも母親とも、誰とも話さなくなった。そして、気が付けば父親は帰らぬ人となっていたのだ。
「話しづらかった?ごめんね、僕無神経なこと・・・」
「あ、いえ!そんなことは、ないです。ただ、なんて言ったらいいか・・・」
「・・・もしかして、朝泣いていたことと関係ある?」
「・・・はい」
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