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もう、泣かないで
暫く沈黙が走る。タイミングを見計らっていたかのように、雨が急に強くなってきた。
時雨は、誰かに話を聞いてほしかった。でも、それを今日あったばかりの成美に話していいのかどうか、悩んでいる。せっかく友達になれたのに、重い話をしては、嫌われてしまうのでは?そう思うとどう話していいのか分からなくなる。
暫く考えていると、成美が口を開いた。
「話しづらかったら無理に話さなくて大丈夫だけど、もし、時雨君が困ったり、悩んだりしているなら、僕が話し聞くよ。こんな僕じゃ頼りないだろうけど」
申し訳なさそうに頭をかく成美をみて、この人なら話せるかもしれない。時雨はそう思った。
「・・・あの、俺の話聞いても、友達でいてくれますか?」
「え?」
「・・・俺、成美さんと友達になれて嬉しかったんです。初めて友達になろうって言ってくれたから。だから、俺成美さんに嫌われたくないんです。俺の話を聞いても、嫌わないでくれますか?」
成美は黙って頷く。
「もちろんだよ。僕から友達になろうって言ったんだから、僕から友達をやめることなんてないよ」
時雨は、泣きそうになった。嬉しかった。そして、この人になら、話しても大丈夫。そう思った。
「俺の父親が、つい最近亡くなったんです。元から体の弱い人で、軽い風邪でも命が危険になるくらい。昔は、凄く仲がいい家族でした。父さんも母さんも弟の誠も、休日は良くどこかに連れて行ってもらったりとかして、凄く幸せでした。でも、次第に父親の体調が悪くなっていって、気が付けば入院してて。母親はいつも明るく振舞ってくれていたけど、夜は一人でよく泣いてて、でも俺は何もしてあげられない。父親だけが、母さんを笑顔にできる。逆を言えば俺には何もできない。それが悔しくて、みじめで、辛くて。そう思うとなぜか父親に会いにいきづらく思ってしまって。つまらない反抗心だったんです。母を泣かせた父への、小さな反抗。そして、死ぬ間際まで俺は父親に会いに行きませんでした。父親が最後に俺に言った言葉は、『ごめんな』でした。俺はその瞬間に、父親に対しての怒りが頂点に達したんです。そう思うなら生きろよ。母さんを泣かせるなよ。誠だってまだ小さいんだぞ。この先の責任母さんに背負わせんのかよ。許さない。そんなの許せない。俺はそう思ったんです。もう死ぬ間際の人間に対して、大切に育ててくれた親に対して。俺はひどい人間です。薄情です。でも俺は、結局父親に文句の一つも言えませんでした。心の中で思っただけで、一つも口からは出ませんでした。それから、葬式が終わって、家が荒れちゃって。母はよく泣くようになりました。弟はそんな母につきっきりで面倒を見ています。俺は・・・自分のことだけしか考えられない、屑なんです。これからの自分しか考えられない、ダメ人間なんです。弟のように母を支えられない。父親に対しての文句だけ吐いて、自分は何もできない。そんな自分が嫌で嫌で、気持ち悪くて・・・でもこんなこと、誰にも話せなくて、俺は、どうすれば良いのか・・・もういなくなった父親に、どう謝ったらいいのか・・・これから家族とどう向き合ったらいいのか・・・。分からなくて・・・」
いうつもりのなかった言葉が、自然と口から出ていた。ただ黙って何も言わずに聞いてくれるから、つい、止まらなくなった。
本当は父親が憎かったわけではない。嫌いだったわけではない。むしろ大好きだった。優しく、どんな時でも話を聞いて、自分をわかってくれる父親が、大好きだった。だからこそ、最後にはすべて謝りたかった。それを、つまらない反抗心で、もう二度と謝ることができなくなった。もう父親はこの世にいない。ちゃんと謝ることができない。二度と、話せない。それが、日を追うごとに心に深く突き刺さって、自分がしたことに、とてつもない罪悪感を覚える。考えないようにすればするほど、自分で自分を追い込んでしまう。そして、考えることをやめることができなくなった。それが、気が付けば不眠症や拒食症へと進んでしまったのだ。
すべて自分のせい。そう思い込むのは辛いが、楽でもあった。全て自分のせいで、誰かが責めてくれる方が楽だ。でも、誰もそれをしなかった。母親も、誠も、父親も。誰も。
涙がとめどなくあふれる。今さら後悔したって遅いことは知っている。なのに、それでも後悔することをやめられない。やめたくない。やめたら、今以上にダメな人間になってしまいそうで、怖い。
溢れ出る涙を止めようと必死になっていると、突然成美が立ち上がる。
嫌われたかもしれない。
そう思ったその時、体が優しく包み込まれた。
「成美、さん?」
「泣かないで。もう、泣かないで」
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