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二人の父親

「成美、さん?」 「泣かないで。もう、泣かないで」  そのとき、なぜか冷たいはずの成美の体が、異様に温かく感じた。  それはまるで、幼いころ抱きしめてくれた父親のようで、時雨は、成美ではなく父親に抱きしめられている気がした。  時雨は、大声で泣いた。きっと、雨が音をたてて降っていなければ、公園付近に響き渡っていただろう。きっと、こんなに大雨でなければ、通りすがりの人が時雨たちを変な目で見たかもしれない。  雨が降っていてよかった。  成美がいてくれてよかった。  罪滅ぼしにもなりはしないだろうが、時雨は大雨の中成美に抱き着き、目から溢れ出てしまう涙と共に謝り続けた。  「ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい」と、今はもう亡き父親に、ずっと言いたかった言葉を吐き出す。  これは、もしかしたら父親に届いているかもしれない。でも、届いていないかもしれない。死んだことなどないから分かりもしないが、それでも時雨はごめんなさいを口にする。  それは途中から、美浦や誠、翔にも向けられた。  母さんを泣かせてごめんなさい、お兄ちゃんなのに全部任せてごめんなさい、せっかく話を聞いてくれようとしていたのに怒鳴ってごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、こんなどうしようもない人間に育ってごめんなさい、と。  何分、いや、なん十分とそうしていただろうか。  時雨の涙や謝罪が収まりを見せたころには、雨もだんだんと弱くなっていて、辺りの音がよく聞こえる。夕方ということもあり、人影がちらほら見える。 「・・・少しは落ち着いた?」  成美の言葉に、時雨は朝のことを思い出す。成美はあの時もずっと傍にいてくれて、泣き止んだ時雨にいまと同じ言葉をかけたのだ。  時雨は朝とは違って、首を縦に振るだけで返事は返さない。  泣きつかれて眠いのか、泣きすぎて目が重いのか分からないくらい泣いた。大きな声で泣いたせいで、喉が心なしかひりつく。  成美は時雨を抱きしめたまま、頭をなでる。それはやはり、父親と似ていて、寝てしまいそうになる。 「・・・時雨君。君は優しい子だね。父親のために、そこまで泣けるのは、本当にすごいことだよ」  時雨を抱きしめる腕に、少し力が入る。 「君が話してくれたから、僕も少し家族のことについて話してもいいかな?」  そう言った成美の腕は、かすかに震えている気がした。  時雨はコクリと頷く。 「僕は朝話したように体が弱かった。それは母親譲りでね。僕を生んですぐに亡くなっちゃったんだ。父さんは、母さんが大好きだったから、母さんにそっくりな顔をした僕を見るのを嫌がってね。普段会話なんて全くしない父さんとも、唯一ちゃんと会話してると思えたのは、体術を教えてもらっているときだけだったんだ。体は弱いけど、心まで弱ってはいけない、ってよく言われたんだよ。今になったら少しだけ父さんの言いたかったことが理解できるけど、それでもあの頃の僕は父さんが大嫌いだった。僕を見てくれない、見えない母さんの姿だけを追って、ハンデの多い僕に加減なしでぶつかってきたりして。もう殺してやろうと思うくらいにいは恨んでたよ」  成美の口から出たとは思えないような、憎しみのこもった、冷たく、悲しい声が耳元で響く。

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