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第10話 ふたたびピリ辛

  「……んー……」  なんか右腕があったかい。  いつもならスムーズにできる寝返りが、今日はなんだかうまくできないような……。 「……あ」  佐波が、俺の右腕にしがみつくようにして眠っている。いつもなら俺より早く起きていて、クールに俺を叩き起こす佐波なのに、今日は無防備に寝顔を見せて、すうすう可愛い寝息をたてている。  ――ああ、そうか。そういえば昨日、俺と佐波は、かなり大きな歩み寄りをしたんだった……  キスして、裸で触れ合って、佐波の身体を、俺は……。 「うわぁぁぁあ…………」  かぁぁぁあ、と全身が熱くなり、俺は両手で顔を覆った。  思い出されるのは、淫らに乱れる裸の佐波だ。暗がりに浮かび上がる白い肌や、涙を流しながら不安げに俺を見上げる綺麗な瞳、しっとりと汗に濡れた艶かしい腰。  ――そして……そして…………俺の指を受け入れてかわいくひくついていた、あの、あの…………。 「やべ…………マジか。ハァ……だめだ、思い出すだけでまた勃つ……」  朝立ちしていたと言うことも手伝って、再びペニスがギンギンと硬くなりはじめる。ばくばくばくと心臓が派手に暴れまわる中、俺はそっと、佐波の寝顔を改めて見つめてみた。  ――やべ、まじでかわいい……。どっから見ても完璧な美貌だぜ。……こんな美人に、俺……あんなことやこんなことを……。  眉間から力が抜け、眉毛がハの字だ。つんと尖った鼻先や薄く開いた唇が、むず痒いほどに愛おしい。  しかも、つい最近まで俺を『暑苦しい』と邪険にしていたくせに、今はぺったりと俺にひっついて眠っているだと!? これに萌えずに何に萌えろというのか……!!!!  ――バックもエロかったな……。素股OKしてくれると思わなかったからテンション上がっちゃって、かなり乱暴なことしちゃったけど……。  俺の手にすっぽり包み込まれてしまうほどの細い腰だった。引き締まった背中はヨダレが出そうになるくらい色っぽくて、ちょっと不安げにこっちを見上げる佐波の表情がたまらなくそそられた。  あれが本当のセックスだったら、俺は挿れさせてもらっただけであっさり昇天してしまっていただろう。  あのあと、贅沢を言うなら一緒にシャワーを浴びたかったけど、そこは佐波にバッサリ断られた。でも、お互いさっぱりしてもう一度ベッドに入ると、自然な雰囲気でいちゃいちゃできた。  キスをして、喋って、またキスをして……ほんとは、もっとエロいことをいっぱいしてみたかったけど、初めてのペッティングと中イキで佐波はずいぶん疲れていて、そのまますぐ寝てしまった。  うとうとと眠りに沈んでいく佐波の表情も悶絶するほど可愛くて、俺はしばらく佐波の髪を撫でながら寝顔を見つめた。そしていつしか、朝になっていたのだ。 「うぅ……ん」 「……佐波?」 「やまと……?」  伏せられていたまつ毛がゆっくりと持ち上がり、佐波がぼんやりした目つきで俺を見つめた。……あぁああ、かわいい……いつもこれくらい素直な感じでいてくれたら、俺もうデロンデロンに佐波のこと甘やかしちゃうのになぁ〜〜〜〜〜〜!! と思いつつ、俺はそっと、布団の中で佐波の腰を抱き寄せる。 「ふぅっ……」 「おはよ、佐波」 「んっ……おはよ……」  温もった布団の中、めくれたシャツの中に手を差し込み、さらりとした背中を撫でる。すると佐波は「あ……っ」とくすぐったそうに腰をよじり、恥ずかしそうに俺の肩口に顔を埋めてしまった。 「佐波、まだ眠いんだろ。もうちょい寝る?」 「でも……がっこ……」 「まだ時間あるしさ。……なぁ、ちょっとだけ」 「ふっ……ぅ」  するりと佐波のハーフパンツの中に手を入れてみると、ボクサーパンツの中でくっきり形を露わにしているペニスに触れる。俺は優しくそれを撫で摩りながら、ちゅ、ちゅっとリップ音をさせ、佐波の耳にキスをした。 「ちょっ……ァっ……やまと」 「こっち向いてよ、佐波」 「んっ……ぁん……」  寝ぼけ眼で初々しい反応をする佐波が可愛すぎて、俺は俄然興奮した。すっかり調子に乗ってしまった俺は、拙い抵抗を示す佐波の両手首を片手で捉えて、鼻息も荒く組み敷いた。そして、膝で佐波の太ももを割る。  そこでようやく、佐波の目に理性と正気が漲り始めた。 「っ……な、何すんねん……!」 「なぁ……イくとこ見せて? 昨日の佐波、めちゃくちゃ可愛かった」 「はっ……はぁ!? い、いやや!! 朝っぱらから何考えてんねんハゲ!!」 「ほら、チンポこんなじゃん。……な? 俺がしてやるから……」 「っ……やめえって……ァっ……」  膝でぐっ……と佐波のペニスを擦りあげると、佐波はビクン! と腰を震わせた。  しかし、可愛くとろけてゆくと思っていた佐波の表情が、キッとナイフのように鋭くなる。そして次の瞬間、ガツンと頭突きを食らわされてしまった。  ゴッツ!! という鈍い音が寝室に響き渡り、俺は思わずゴロゴロとベッドの上を転げ回った。 「いってぇぇえ!!! な、な、何すんだよバカ!! 佐波のバカ!」 「やめろ言うてんのにしつこいねん!! 調子乗んなボケェ!!」 「だ、だって、寝ぼけてて可愛かったし……」 「かわ……っ……。俺が寝ぼけとったら何してもええっちゅーんかこのスケベ!!」 「いいじゃねーかちょっとくらい! 昨日あんなにイチャイチャしたのに!」 「いちゃ……っ、いちゃ、したけど!! き、昨日は昨日、今日は今日や!!」 「はぁ? んだよそれー!」 「それに、俺は今そんな気分とちゃうねん!!」 「嘘つけ! エロい声出してチンポガッチガチに勃たせてたくせに」 「げ、下品な言い方すんなや!!」 「どこが下品なんだよ! チンポをチンポって言って何がわりーんだよ!!」 「あーもううっさいねんハゲ!! 近寄んな変態!!」 「あっ……!」  佐波はボスン!! と俺に枕を投げつけて、さっさと部屋を出て行ってしまった。  ……せっかくの甘い空気が、朝からすっかりピリ辛だ。  + 「ねぇ佐波。ごめんってば」 「うっさい。こっちくんなアホ」 「いつまで怒ってんだよ。なぁ、おーい」 「うっさい」  今日はサークルで練習試合が組まれている。そのため、一年の俺たちは朝一で第二体育館に入り、準備に取り掛からなくてはいけない。  ま、朝っぱらからイチャイチャする時間なんてなかったのは事実だが…………ちょっとくらい、起き抜けの甘い時間を過ごしたってバチは当たらないと思うわけで……。 「ごめんって。ツンケンすんなよ」 「別にしてへんやろ。ていうか、ここ大学やねんからベタベタすんなや」 「いいじゃねーか別に。誰も気にして……」  ふと周りを見回してみると、俺たちと同様モップがけをしていた藤間が、クリッとした目を全開にして俺たちのことをガン見していた。チビだからまるで気づかなかったぜ……。  あっという間に遠くへコートの反対側へ歩き去って行ってしまった佐波と、冷や汗をかいている俺とを見比べながら、藤間はしみじみした口調でこう言った。 「大和と佐波っちってさぁ、まじで仲良いよな〜」 「えっ……あ、あーーー……そう?」 「そうじゃん。っていうか、大和がひたすら佐波っちに構われたがってる感は否めないけど」 「べっ、別に構われたいとか思ってねーし! ほ、ほら、あいつさ、口も性格もキツイから、俺がみんなとの橋渡し役になってやんなきゃ〜とか思って?」 「えー? 佐波っち普通に友達いんじゃん。俺もいるし」  藤間は、用具入れの方で一年のバスケ仲間と談笑している佐波の方を見た。……なるほど、確かにいい笑顔。俺に見せるのよりよっぽどいい笑顔で楽しそうにバスケ談義をしている……。俺には朝からツンツンツンツンしてるくせに、なんだよあの外面の良さは!!  と、俺がむうううっと一人で頬を膨らませていると、ガラリと体育館のドアが開いた。そして、ぞろぞろと、試合相手の学生が進み入ってくる。 「おはようございます! 英誠大学バスケサークルの一年です! 今日はよろしくお願いします!!」 と、ジャージに身を包んだ十人ほどの学生が、それぞれに頭を下げた。そして「試合の準備、手伝いに来ました」と言い、ちょうどドアのそばでモップを握りしめていた俺に向かって、爽やかな笑顔を見せる。 「ああ、こちらこそよろしくお願いします。てか、準備なんて良かったのに。俺たちがするから……」 「……あれ? 大和?」 「え?」  さっきから先頭で挨拶だなんだと愛想よくしていた英誠大の学生が、俺を見つめて一歩前へ出てきた。その顔には、見覚えがある。  ふわふわした天パの茶髪に、ちょっとそばかすのある白い頬。淡くグリーンがかった瞳は日本人離れしていて、明らかに西洋の血が混じっていることが分かる。忘れっぽい俺でも、この特徴的な容姿は覚えている。確か、中学の時のクラスメイトで……。 「あーーー! ミハエル!? うわ、久しぶり!!」 「大和〜〜!! 久しぶりだな! 中学卒業以来じゃん!!」 「うわ、ちょ、ちょっと待って、めっちゃくちゃデカくなってんじゃん!!」  俺の記憶の中で微笑む井坂ミハエルは、もっと小柄で華奢だった。まるでおとぎ話に出てくる女の子みたいに儚げで、よくやんちゃなバカ男子に「オカマ」とからかわれていた。  その現場を見かける度、俺は止めに入っていた。そのため「大和、お前ホモなのかよ〜www」とニヤつかれたが、俺は実際ホモなので、曖昧に生返事をすることしかできなかったのだが……。  目の前にいるミハエルは、身長180超えの俺よりもデカイ。190はあるんじゃないだろうか。顔立ちも随分精悍になってて、ガタイも良くて……これじゃハーフというよりまるっきりのゲルマン民族だ。 「でかくなったな……まじで」 「あははっ。高校入った途端すっごい背が伸びてさ〜。おかげでいじめられなくなったよ」 「しかも英誠大行ってんの? ミハエルまじ頭いい」 「ありがと。大和こそ、なんでこんなセレブ大にいんの? びっくりしたよ」 「まあそれには色々と事情が……」  ミハエルと再会を喜び合いつつ、セレブ大に通うきっかけとなった佐波を目で探した。  だが、目があった途端、パッと視線を逸らされる。  ――あいつ、まだ怒ってんのかよ……。  俺の表情が曇るのを、ミハエルが怪訝な表情で見つめていることに気づき、俺は慌てて笑顔を見せた。 「久々に試合できんの楽しみだな。お前、めちゃめちゃ強そうだし」 「いや〜、そんなことないって。ねぇ、今夜飲みに行かない? 久々に大和と色々話したいなぁ、俺」 「あ……うん」  ――今日はバイト休みだし、佐波とゆっくり過ごしたかったけど……あいつ機嫌わりーし、ちょっとくらいならいっか。 「いいよ。ちょうどバイト休みなんだ」 「やったね。あ、連絡先交換しようよ」 「おう」  久々の再会でテンションが上がっている俺は、気づかなかった。  佐波とミハエルが、バチバチと火花の散る視線を交わし合っていることに……。

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