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第19話 愛しい大和〈ミハエル目線〉
合宿の数日前、僕は部室で十五人の一年仲間たちに『合宿のしおり』を配布した。
部屋割りを好きにできるという権限を駆使して、愛する大和とあのクソビッチを思いっきり引き離してやった。英誠大一年の中にクソビッチをポンと放り込んでやったんだ。
そして、幹事という肩書きを最大限利用して、『合宿本部』という部屋を作り、そこで僕と大和は二人きり。そう、二人部屋だ。むふふ……。
あとの部屋割りは適当に済ませた。とりあえず、両校の学生が適当に混じり合う程度には調整したけど、あとは適当だ。適当に交流を深めてくれ。
すると案の定、他大学の学生と同室になることに驚きと抵抗を見せる仲間もいた。けど、「セレブ大の人たちとつながっておくと合コンとかで有利かもよ〜」と適当なことを言って黙らせておけば、それ以上は文句は出なかった。
すると、お高く止まったクソビッチと同室になったバスケ仲間三人が、口々にあいつの噂をし始めた。
「黒崎佐波って、あの美人だろ? モデルやってるっていう」
「あー知ってる。こないだゼミの女子が読んでた雑誌チラッと見たら、東学バスケのやついたからびびってさ〜。俺、こないだ練習試合したよとかって話してみたら、すげー盛り上がっちゃった」
「いやオーラあるよね、バスケも上手いしさぁ、なんつったって色気? なんか色気すげくね? きっときれ〜なおねーさんとヤリまくってんだろうな、うらやましー」
「……」
――……ううむ、クソビッチのくせに、概ね評判は良好なようだ。忌々しい……。
くそッ……こいつら何にも分かっちゃいない! あんな女狐顔のどこが美人だっていうんだ! それに、性格だって最悪だ。貞操観念だってゆるゆるに決まってる!! モデルだかなんだか知らないが、どうせ業界人のイケメンどもと淫らなパーティなんかでいやらしいことをヤリまくってるに違いない!! そんな奴に、大和を渡せるわけがないじゃないか!!
と、喚きたくなるのを我慢して、僕は合宿の説明を始めた。だが、黒崎佐波の噂話が盛り上がりはじめていて、誰も僕の話を聞いてないじゃないかくそッ。
「サインとかもらっといたほうがいいかなぁ? 将来あいつがビッグになった時に自慢できるじゃんね?」
「あ、いいねいいね! 写真とか撮ってもらっといてさ〜女子に見せたりしたら株上がるくね? モデルと知り合いとかさ、そういうのポイント高いだろ」
「うわ〜緊張してきた。LINEとか教えてくれっかな。美人のデルモさん紹介してくれたりとかさぁ〜」
と、きゃぴきゃぴ盛り上がっているクソビッチの同室三人組を見下ろしつつ、僕は盛大にため息をついた。
僕が密かに望んでいるのは、鬼畜BL展開なのに。
『へっへっへ、すげぇ美人だなあんた。前々からウマそうだなって思ってたんだ』『お前さぁ、嫌われてんの? 俺たちがオトモダチになってやんよ〜』『仲良くなった証拠にさぁ〜写真とろーぜ? ……俺ら三人に輪姦 されてるてめーのアヘ顔写真をな!!』……といった具合のゲスエロ本的展開を奴にぶつけてやりたかったのに、あいにく英誠大の学生はみな頭もよければ人もいい好青年ばかりで、そんなシチュエーションは望めない。
それならばもう、クソビッチのことは捨て置いて、僕が大和を落とすことに専念できればそれでいい。あの時はがっつくあまり大和をすっかり怯えさせてしまったけれど、大和のためなら、僕はこの尻穴を喜んで差し出す覚悟はできている。あの日以来、ちょっとずつだけど開発も進めてるんだ。あまり上手くは進んでいないけど、本番になればきっとうまくいくはずだ……!!
「つーかなんで俺らの部屋だけ東学一人なんだ?」
と、クソビッチと同室の一人・安沢が不思議そうに僕を見た。震える拳を見つめつつ黒崎佐波への憎しみを燃やしていた僕は、気を取り直して欧米人よろしく肩を竦める。
「別に。クジで適当にミックスしただけだからさ、たまたまだよ? たまたま」
「ふーん」
そう、クソビッチ野郎に負けてはいられない。僕は大和の全てが欲しい……!!
子どもの頃、僕がまだ大和よりもヒョロくて小さかった頃、彼は僕にとってのスーパーヒーローだった。大和の優しさに救われていなければ、僕はとっくに学校へ行くことを諦めていたに違いないのだ。
今もかっこよくて、優しい大和。今度は僕が、愛しい彼を救うんだ。あんな性悪のクソビッチに籠絡されているようじゃ、大和の未来は不幸オンリー。
クソビッチに浮気され、棄てられ、不幸に嘆く大和を僕が優しく包み込むのもいいかもしれないが、あいにく僕は気の長いほうじゃない。動き出した気持ちは、まう止まらないんだ……!!
――大和は純真な人だ。僕の愛で、大和を包み込んであげたい……!!
そう決意を新たにし、僕はスマートフォンのロック画面を見つめた。
そこには、いつぞや居酒屋で二人飲みした時に盗撮した、大和の写真がバッチリ収まっている。ほろ酔いで上機嫌の大和が、楽しげにグラスを傾けている可愛らしい一枚で……あぁ、大和。僕の大和。今すぐ会いたい。また電話してみてもいいかなぁ……。
――この間電話した時、大和、ちょっと具合が悪そうだったもんなぁ。熱でもあったのかな。講義さえなけりゃ、すぐに東学まで駆けつけたかった……。
この間、思いがけず電話が繋がった時のことを思い出し、僕は密かに身震いをした。いつもはこっちから着信を入れても折り返してくれることはなく、『ごめん、バイトだった。なんか用だった?』といったような返信が数時間後に送られてくるばかり。
その時に改めて電話を掛け直したくなるけど、もし万が一あのクソビッチ野郎がすぐそばにいるかもしれないと思うと……悔しくて、発信ボタンを押すことができなかった。
だが、この間は思い立って電話をかけてみたら、大和はすぐに電話に出てくれた。本当に、すぐに出てくれたんだ。きっと、あのクソビッチに監視されていない時間帯だったに違いない。だから僕と電話することができたんだ。
きっと大和も、僕に救いを求めているに違いない。きっとそうだ。大和の声は、少し緊張を含んで震えていた。きっと、普段からクソビッチに監視されていて、僕からの接触は全て拒絶するように命令されているに違いない。
――ああ、かわいそうな大和。僕がきっと、大和の目を覚まさせてあげる。そして、僕が本物の安らぎと愛情を教えてあげるからね……。
そのためには、二人きりになってじっくり話し合う時間が必要だ。誰にも邪魔されず、濃密な夜を過ごすための時間が……。あのクソビッチから大和を解放し、本当の気持ちに気づかせてあげなければいけない。今回の合宿の目的は、それのひとつに尽きる……!!
「しっかしこんなボロい合宿所で、東学のセレブの皆さん満足できんのかな」
「でもさぁ、空き時間にボードできるとかよくね? 俺、去年一回も行けなかったから楽しみ」
「俺スノボやったことねーよ。教えて?」
「しょーがねーなぁ」
と、僕が決意を新たにしている横で、ほのぼのした仲間たちの会話が聞こえてくる。……緊張感のない奴らめ。僕の気も知らないで……!
「ミハエルはボードできんの?」
「ん? いや、スキーしかできないけど。……ていうか、僕は幹事の仕事で忙しいから、そんなことして遊んでる暇ないんだよね」
「ふーん、幹事ってそんな忙しーんだ? あ、でも東学のあの爽やか君と仲良いんだろ? 来年も頼むわ」
「……っ……な、仲が良いっていうか、む、むむむ昔の親友だからそりゃ当然のことなんだよ!! それに爽やか君じゃなくて、彼にはれっきとした桜井大和っていう名前があるんだから、ちゃんと覚えてあげてよね!!」
「お、おう……桜井大和くん……大和くんな」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでくれるかな!?」
「……お? おう……」
いかんいかん。唐突に大和の話題を振られて、思わず心拍数が急上昇してしまった。そのせいで、ずいぶん挙動不審な態度を取ってしまったじゃないか。……いや、そんなことはどうでもいい。
――ああ、早く会いたい。早く一夜を共にしたい……!! 大和、もうすぐ、僕が君をクソビッチの魔の手から助け出してあげるからね……!!
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