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第21話 行方不明!?

  「え? ミハエルがいない?」 「そうなんだよ。君ら、さっき何か言い争ってるみたいだったから、どうしたのかなと思って……」 と、不安げな顔で俺に声をかけてきたのは、英誠大バスケサークルの代表・三年生の井筒さんだった。  ミーティングルームで合宿の日程を確認しあったあと、サークルメンバー全員でアップをし、練習試合をした。正午から食堂でランチを食べ、二時間の自由時間ののち、また練習試合をする予定になっているのだが、ランチタイムが終わり、自由時間が残りあと十分という現在になっても、ミハエルが戻ってこないのだという。 「……どこ行ったんだろう」  午前中の練習試合に顔を出していなかったことには気づいていた。だが、それが朝の喧嘩のせいかと思うと、俺から声をかけてもいいものかどうか迷うところがあり、メールを送ることさえしていない。練習試合から昼食の時間帯までは結構バタバタしていたから、ミハエルのことにまで気を回す余裕が持てなかったっていう事情もあるが……。  自由時間は自由時間で、どこかで休んでいるだけだろうと俺は思っていた。だが、その時になってもミハエルの姿が見えないことを心配し始めた英誠大のメンバーが、施設中を探し回り連絡を取ってみたらしい。だがそれも梨の礫で、一切返信はないのだという。 「……俺、電話してみます」 「うん、頼むよ。吹雪始めたし、ちょっと心配で」 「……そうですね」  昼食後、俺たちは宿泊施設に隣接したスキー場でボードを楽しんでいた。その時は雲ひとつなく、澄み渡った青空が眩しいほどだったというのに、あっという間に暴風雪が猛威を振るい始めてしまったのだ。山の天気は変わりやすいとよく聞くけれど、身を以てそれを経験したのは初めてのことだ。幸い、ちょうど滑走を終えたところだった俺たちは、すぐさま宿泊施設の方へと避難したのだ。  でももし、ミハエルがまだ外にいるのだとしたら…………と一瞬嫌な想像をして、俺はちょっとぞっとした。井筒さんが警察への連絡を検討してくるといって英誠大メンバーのもとへ戻っていったあとも、俺はしばらくエントランスに一人佇んで、ミハエルの行きそうな場所がどこかと考え込んでいた。  ――もうすぐ十四時……か。ダッシュで外出て行ったのが、朝十時頃だったろ? この近所に、そんな長い時間過ごせるような店もないし、コンビニなんて山の麓で、歩いて行ける距離じゃない。それなりに厚着はしてたような気はするけど、一体どこに……。  「大和」 「あ、佐波……」  振り返ると、迷彩柄のスノーボードウェアと黒いニット帽をかぶった佐波がすぐ後ろにいた。物憂げな表情をしながらも、佐波はキビキビとした口調でこう言った。 「今、東学メンバーにも事情話して探してもろてる。英誠さんは、警察に連絡するって?」 「ああ……うん。多分そうなると思う。この吹雪の中連絡つかねーとか……ほっとけねぇよな」 「そらそうやな。……俺も、ちょっと宿の周り見てくるわ」 「え、お前が?」 「そら……そうやん。俺がキツイこと言うたから、こんなことになったんやろし」 「佐波……違うって。お前のせいじゃねーよ! お前の言う通り、俺がいつまでもうじうじ中途半端な態度とってるからこんなことになったわけだしさ」 「……そうは言うても、今回のコレのきっかけ作ったんは俺やと思うし。……ちょっと見てくる」 「待てよ、それなら俺も……」 「あかん」  ニット帽の上にフードをかぶって、外に出て行こうとする佐波に続こうとした途端、ピリッとした声で制止された。佐波は俺をじっと見上げて、こう言った。 「お前の電話になら出るかもしれんし、メールも返ってくるかもしれん。大和は、ここで連絡役しとった方がいいと思うで」 「けど……佐波一人で何かあったら……!」 「あほか、そんな遠くまで行くわけないやろ。宿の周り一周してくるだけやから、大丈夫やって」 「でもこの吹雪じゃ……!!」 「ええから、お前は待機。英誠さんとのやりとりもあるんやから、ここに残っとき」 「……」  強い口調でそう言い置かれ、俺はぐっと詰まってしまった。確かに佐波の言うことはもっともだが、こんな悪天候の中、佐波を外に出しておいて俺だけぬくぬく屋内に残るなんて……。  すると、そっと佐波が俺の腕に触れた。ちらちらっと周囲に目線を巡らせて人がいないことを確認するや、佐波はぐっと背伸びをして、俺の唇に触れるだけのキスをした。 「お、おい……」 「ええから、いい子してここで待っとけ。俺の気ぃが済まへんねん。じっとしてたくない」 「……。うん……分かった」  渋々頷くと、佐波は唇をちょっと歪めて薄く笑った。今ここで佐波を思い切り抱きしめたかったが、廊下の向こうから複数人の話し声が聞こえてくることにハッとする。俺はぐっと腕を体側に戻し、じっと佐波を見つめた。 「気をつけてな。絶対変なとこ行くんじゃねーぞ!!」 「大袈裟やねん。ちょっとそのへん見回ってくるだけやん。そのうち警察も来てくれはるやろ」 「……うん」 「ほな、なんかあったら連絡してな」  佐波はそう言って軽く手を上げ、ガラス戸を押して吹雪の中へ出て行ってしまった。  雪は一層ひどくなり、横殴りに叩きつけるような猛吹雪だ。白く霞む風景の中に迷彩柄の背中が薄れつつ消えていくさまを見つめていると、やはり一人で行かせるべきではなかったのではと強く感じた。だがすぐに、英誠大の井筒部長に話しかけられ、佐波への注意を逸らさざるをえなくなった。 「桜井くん、どう? 返信あった?」 「……いえ、まだ」 「結局、あの後すぐに警察と消防に通報したんだけど、向こうもこの吹雪じゃすぐには動けないっていうんだ」 「えっ……マジですか」  豪雪や多少の吹雪には慣れているであろう地元警察でも、今は動けないという。何とかなるだろう、という楽観的な気分が一瞬にして萎れてゆき、じわじわと這い上がる冷気とともに、不安が全身を染めてゆく。  ――どうしよう、俺のせいだ。もっと、ちゃんとフォローできてたらこんなことにはならなかったかもしれないのに……!!  ――それに、佐波……大丈夫かな。あいつのことだから、無茶なことはしねーだろうけど……ちゃんと、帰ってこれるんだろうか……。 「桜井くん? 顔が真っ青だよ、大丈夫?」 「あ……」  井筒さんに肩を叩かれ、俺はようやくハッとした。見れば、井筒さんの顔色も相当冴えない。一年坊主の俺を前にして不安を口にすることを憚っているだけなのかもしれない。 「だ……大丈夫です」 「ここいらの天気は変わりやすいから、この吹雪もあっさり去っていくかもしれない。大丈夫、少し様子を見よう。電話は鳴らし続けててくれ」 「は、はい。分かりました」  俺を励ますようにバシバシと肩を叩き、井筒さんは俺をミーティングルームの方へ引っ張った。今、そこで全員が待機しているらしい。 「せっかくの合同合宿だったのに、ごめんね。うちの学生がこんな……」 「い、いえいえそんな! それに、ひょっこり戻ってくるかもしれませんし、待ってみましょ」 「うん、そうだね……」  薄めの塩顔に人の良さそうな笑みを浮かべて、井筒さんは小さく頷いた。そして俺たちは、同時にエントランスのガラス戸の向こうを見やる。  吹雪はまだまだ収まる気配を見せず、俺たちの視界を真っ白に塗りつぶしている。

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