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第24話 気づけば公認〈佐波目線〉

   ふと、まぶたの向こうに白い光を感じた。  それは徐々にまばゆさを増し、眠りこけていた俺の脳細胞に、刺すような刺激をもたらす。 「んー……」  自分の声がくぐもって聞こえる。  身体じゅう重くて思うように動かせないけど、徐々に徐々に、自分がどこか固いベッドのようなところに横たわっていることに気づき始めた。  ついさっきまで、冷たくて固い小屋の中にいたはずだ。ミハエルを探しに行って、ミイラ取りがミイラになって……。  ――あれ……? 俺、助かっ、たん……? 「佐波!? おい佐波!! 目ぇ覚めたのか!?」 「……うう……」  ゆっくり、ゆっくりと瞬きをしていると、視界を遮る影のようなものが、確かな輪郭を持ち始める。そしてそれが恋人の大和の顔で、しかも今にも泣き出しそうな表情だというところまで、徐々にクリアに見えてきた。 「……やまと……」 「佐波……!! あぁ……良かった、佐波……!!」  感じ慣れた重みとぬくもりに、ああ俺は助かったのかとようやく理解した。腕を持ち上げて大和を抱きかえしたかったけど、どうやら俺の腕には点滴の針が刺さっているらしく、思うように動かせない。  大和は俺の胸元に顔を埋めて「馬鹿野郎!! 何やってんだよマジでバカかよ!!」と泣きながら怒っている。 「……ごめん……おれ」 「ほんっっとバカだろお前!! 何やってんだよ!! 一人で吹雪の外うろつくなんて、大馬鹿だよお前は!!」 「……ごめん」 「なんで俺を頼ってくれなかったんだよ!! 一歩間違えてたらお前、マジで死んでたんだからな!!」 「……うん」 「ああもう……バカ!! お前がこんなバカだと思わなかったよクッソ!! あぁもう……ほんっと……良かった」  酸素マスクに覆われた俺の顔を覗き込む大和は、くしゃくしゃに歪んだ泣き顔だ。なんてひどい顔だろう。イケメンが台無しだ。  でも、そうして必死に怒っている大和の姿を目の当たりにすると、自分のしでかしたことのバカさ加減がよく分かる。そして、今生きていること、再び大和に会うことができている現状に、心から安堵した。 「ばかばかいいすぎやねん……ごめんて」 「ったくお前は!! 澄ました顔でなんてことしてくれてんだよマジで!! 俺がどんな気持ちで……!」 「……そいやあいつは? ミハエルは……?」 「ミハエルも無事だよ! お前よりよっぽど元気だわ」  大和の言うことには、俺がミハエルと合流した二時間後に、ようやく警察が到着し、捜索が始まったらしい。その頃には、俺まで行方不明になっていることに対して、大和はプチパニック状態だったのだとか。なので東学(うち)のバスケサークルの代表・和久井先輩が先頭に立って、警察への対応を行ったのだという。  幸い、俺のスマートフォンは潰れてはおらず、そのおかげで居場所を特定することができたらしい。あの時起こった雪崩自体の規模は大したことはなかったようだが、俺たちがこもっていたあのコンクリート製の建物はちょうど斜面と斜面の谷間に位置していたため、すっぽり屋根まで埋もれていたようだ。  救助活動は夜までかかったが、その間ミハエルはずっと俺を抱えて肌を擦り、体温が奪われないよう温めていてくれていたらしい。救助が入った時、ミハエルには意識があり、すぐに状況の説明もできたというではないか。さすがは屈強なゲルマン民族……。  自分の浅はかさと貧弱さをありありと突きつけられるような大和の説明に、俺はため息をついた。  するとその時、ガラッとドアがスライドする音が聞こえてきたかと思うと、シャッ!! とベッド周りのカーテンが開かれた。そしてその直後、攻撃的に響くヒールの足音が近づいてきて……。 「佐波!! 目ぇ覚めたんか!?」 「っ……」  黒髪ベリーショートのきつい美人が、仁王立ちで俺を見下ろしている。大和が遠慮がちにその場を離れるや、その女はつかつかと俺に歩み寄ってじっと鼻先を突きつけてきた。 「……おかん、来てたんや……」 「来るに決まってるやろ!! びっくりしたんやで!! びっくりしたんやで!? あんたが雪山で遭難したて聞いて、お母さん、どんな気持ちでここまで来たと思ってんの!?」 「ご……ごめん」 「ほんっまにアホな子!! 人様にいっぱい迷惑かけて、どんだけアホなことしたか分かってる!? 生きてたからよかったようなもんの、あのまま凍死でもしてたら……もう、もう……っ!!」  俺の胸に伏せってわんわん泣いているのは、俺の母親だ。わざわざ京都から来てくれたのか……と思うと、改めて自分がしでかした行動の危険度を思い知る。きちんとみんなに謝らなくては、と反省の念を感じていると……あれ、おい、何で大和が俺のオカンの肩抱いてんの? 「まあまあ、お母さん。もう大丈夫ですよ。それにさっきもお話しした通り、俺にも責任があって……」 「っ……そ、そうやけどね。大和くん、おばさんね、佐波はもっと常識の分かってる子やと思ってたん。なのにこんな、大勢に迷惑かけて……」 「でも良かったじゃないですか。先生も、目を覚ませばひと安心って言ってたし、もう大丈夫ですよ」 「うん……うん、せやね。ありがとうね、ずっとそばについててくれて」  ――おいおいおいおいオカン、それは俺の男や。俺の恋人やねん。なんでちょっと嬉しそうやねん。なにちょっとときめいてねん。親父にチクんぞ離れろやオバハン!!  と、文句を言いたいのは山々なのだが、あいにくまだ俺の身体は自由には動かない。酸素マスクの中で口をパクパクさせていると、大和がちょっと照れ臭そうに頭を掻いた。 「お前、ここ二日ずっと寝てたんだけどさ、その間にお母さんとすっかり打ち解けちゃって」 「……は、……はぁ? ……なん、それ……。それってどういう……」 「お前には怒られるかもって思ったんだけど、状況が状況だし、俺らが真剣に付き合ってること、お母さんにもちゃんと話したから」 「……へ……?」  父親は俺がゲイだと理解しているが、母親にはまだカミングアウトをしていなかった。のにも関わらず、こんなデリケートな問題を、俺という本人抜きで話してしまっただと!? おいおいおいなんちゅうことしてくれてんねんんん……!!  と、大和にも一言文句を言ってやりたかったが、母親はなんだかとても機嫌が良さそうだ。親父以上に厳しくて、躾にうるさかった母親は、てっきり俺の性的志向を理解してくれないと思っていた。だから慎重に、時を選んで話そうと思っていたのだが……。 「ウフッ、大和くん、礼儀正しくて爽やかで、ええ子やなぁ。夜眠れへんかったから、あんたとどういう気持ちで付き合ってるんか〜ってこと、じっくり話してもろたんよ」 「……ひぇ」 「最初はあんたが、そういう好みなんやってこと、びっくりしたんやけど……でも、薄々そうなんかなとは感じててん。それに大和くん、ほんっまにあんたのこと真剣に考えてくれてはるみたいやし、こんな男前やし、ええ子やし……。大和くんみたいな子ぉになら、あんたのこと託してもええかなて、お母さん思ってね?」  ウフッ、と楽しそうに微笑みながら、母親は改めて俺と大和を見比べて、ぽっと頬を染めている。……こんなにも上機嫌な母親を見たのはいつぶりだ……。 「……そうなんや……」 「佐波とお母さん、すっげ似てるよなぁ。美人なところも、スタイルいいとこも似てて、親子だな〜ってすげぇ思ったわ」 と、大和が嬉しそうにそんなことを言うと、おかんはべしっと大和の背中を叩きつつ、「いややわぁ、美人でスタイルがいいとか、ほんまにもう、お上手やなぁ♡」と新妻のごとく照れているではないか。なるほど、俺とオカン、男の好みも似ているらしい。 「ほな、私は先生とお話ししてくるから。大和くん、この子のことお願いね」 「あ、はい。任せてください、お母さん」 「ウフッ、おおきい息子が増えたみたいで、なんや嬉しいなぁ、ウフッ」  スキップしそうに軽い足取りで病室を出て行く母親を見送ったあと、俺はじろりと大和を見上げた。 「ん? なに?」 「うまくいったからいいようなもんを……反対されたらどうするつもりやってん」 「そんときゃそんときかなって。それに、親御さんにちゃんと訳を話さなきゃ、俺、お前のそばについててやれねぇかなと思ってさ」 「……そう、か」 「二日で目ぇ覚ましてくれたから良かったけどさ、俺ら、お前がいつ気がつくか分かりませんて先生に脅されてたんだぞ? ったく……生きた心地しなかったよ。まぁ、その間ずっと、俺ここで待ってるつもりだったけどさ」 「……大和」  ぎゅ、と大きな手のひらで手を包まれる。大和はベッドサイドの椅子に腰を落として俺の指先に唇を寄せ、ハァ〜〜〜と長いため息をついた。 「……ほんっとに、よかった。またお前に会えて」 「ん……ごめん、大和」 「もう絶対、こんな無茶すんなよ。俺を一人で置いてくとか、ありえねーから」 「……うん」  大和の吐息と唇の弾力を感じているうち、気づけば眦から涙が溢れていた。  かさついた唇、目の下の隈。よく見えると、大和の顔には疲れが見える。俺を心配して、ずっとここにいてくれたからかと思うと、申し訳なさと嬉しさで、俺の胸はギュッと詰まった。 「……ごめん。……すき、やで」 「…………え?」 「大和が好き。……会いたかった、俺も」 「佐波……」  思いがけず、素直な言葉が口からこぼれた。大和はアーモンド型の綺麗な目をどんぐりまなこにして俺を見つめていたが、すぐにふっと破顔して、もう一度俺を抱きしめた。 「なんだよなんだよ〜〜!! 急に素直になりやがって!! 照れんじゃん!」 「……う、うるさい……」 「俺も好き。大好きだよ、佐波! っへへっ、もっかい言ってみ?」 「……いわへん」 「んだよも〜〜〜つれねぇなぁお前!」  ぐりぐりと頬ずりをしてくる大和の頬が、俺の涙で濡れている。うるさいうるさいと大和を邪険にしつつも、熱い涙は止まる気配を見せなかった。

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