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第3話

 俺はね、と呟きながら浅川が乗りこんでくる。穂積は外部に助けを求めたが、浅川は暗に黙らせるようにナイフを穂積の唇に当てる。ぴりりとした痛みの後、鉄臭い味がした。  穂積の抵抗が止むと、浅川は穂積に覆いかぶさるように上半身を伸ばし、それからハンドルに拘束してある穂積の両手を解放した。 「もう遅い時間ですので、今夜はゆっくり休んでください。あなたのための寝床を用意しておいたんです。気に入ってくれるといいんだけど」  今日ほど浅川の言動がおかしいと思ったことはない。話の内容と穂積に対する行為がちぐはぐなのだ。  ハンドルから解放されたはずの両手を、身体の前で再び結束バンドで拘束される。抵抗しようにも浅川の腰にあるホルダーから覗くナイフが怖くてたまらなかった。 「……何が望みなんだ」 「教えません。さあ、車から降りて。俺にエスコートされるよりも、自分の足で歩きたいでしょう?」  穂積はおずおずと車から降り、浅川の隣を歩く。両手が不自由なため所々もたついたが、そのたびに浅川が手を貸してくれた。その手を振り払う度胸はとっくに消えていた。 「穂積さん。ここに入る前にあなたにひとつ忠告しておきたい。今の時期、ここは尋常ではない程の……なんと表現すべきか、はっきり言うと死の臭いがする。明日には換気が済むとは思うけど、それまでは我慢していてほしい」 「我慢して、そのあとは?」 「そのあとは――」  扉が開かれ、後に続こうとした穂積だったが、背後から浅川に突き飛ばされ、そのまま部屋のへ転がり込んでしまう。  初めて身体的暴行を加えられ、穂積は床に伏せた姿勢のまま動くことができず、目線だけで回りの様子を観察する。  うつ伏せたままだと視界は限定されるが、穂積の目は真正面にあった黒くて大きなものにくぎ付けになった。

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