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第8話
懐かしい夢を見た気がする……。意識が目覚めてゆくうちに記憶が封印されるような感覚に陥りながらもそれでも隣で寝ている――寝てる! 初めてかもしれない時雨様と逢瀬を重ねた後の寝顔を見るなんて! 結構感動しちゃう。
ぅ……腰が立たない……。
「時雨様の絶倫……。綺麗な顔だな」
時雨様はお休みになっていて、僕は腕枕をされていて、起きない事をいいことに、キスを何度も繰り返ししていた。
時雨様は朝が弱い。なんでもビシッとこなす時雨様なのに。可愛いなぁと思っていると、流石にキスをしすぎたのかくぐもった声をあげる。
あ! こんなチャンスまたとない……。
起きない時雨様をいいことに、僕はスマホを執事服から取り出し寝顔を撮ったり、たくましい胸板を撮ったりして、お宝を頂いた。
スマホを燕尾服に戻し寝顔を堪能する。そして、やっとのお目覚めかと思ったら、
「あ、ずま……エプロン似、合ってる……ふふ……すぅすぅ……」
寝言でエプロンって。裸にエプロン?
僕も料理少しだけ作れるけど、いつか時雨様の好きな料理でも作って上げたいなぁなどと思っていた。
静かな時間だけど、僕はこの時間が好きだ。
誰にも邪魔されない時間。
時雨様からする甘いのに爽やかな花のような香りを楽しんだり、キスをしたり。
「ん……あ、梓馬? おはよう?」
あ、起きちゃった……。
薄っすらと目を開けて僕が居るのが当たり前と行った様子。抱き寄せようとする力に従い僕は温かい胸の中仁いた。
それはいつものことだけど特別なことで。
とくんとくんと時雨様の胸板から直に響く心臓の音が落ち着く。
やがて額にキスを落とされ、完全に目覚められた榛家次期当主であらせられる時雨様は時間を聞いてきた。
「朝の九時を少し過ぎた所です。今日はお休みの日でございます」
「うん。じゃないと梓馬がそわそわしながら起きてくださいって可愛いお口と手で私を起こそうと頑張るからね。さて、起きるとしようか」
「朝のお洋服は何を着られますか?」
秋から冬へと変わる季節。
オシャレな時雨様は、色々な服をまとうけれども、僕は選びたかった。素敵なお洋服をでも。
「足腰立たないのだろう? いいだよ。自分で着れるからベッドでまってなさい」
もし僕に犬のような耳としっぽがあったらしおらしく下げていただろう。
「ありがとうございます」
目覚めれば、なんてことはない。朝の一瞬の出来事、今日は寝言だったけど、アクティブに動かれる姿はやはりかっこいいなって思ってしまう。
クリーム色の薄手のニットに、黒いスラックス。そして僕が執事のお仕事の給料を貯めて贈った懐中時計をポケットに入れ、甘い香りのフレグランスをそっと忍ばせて戻ってくると、僕も身支度を始めた。
そう、何故か時雨様の部屋には僕の服がある。当然の様に。
燕尾服を纏(まと)うと時雨様との逢瀬が嘘になってしまうようで少し辛い。
「泣きそう顔(かんばせ)をしている。どうした?」
「いえ、なんでもございません」
僕はできるだけ何事もなかったように振る舞うけど、大人の余裕というのははやりすごいもので、
「また抱いてあげるから、可愛い声で私の事を呼ぶんだよ? いいね?」
と憂いを晴らしてくれる。
「時雨様、ワガママ言ってもいいですか?」
「ん? なんだい?」
わかってるという顔だ。でも言わないと絶対にしてくれない。
「うんと、抱きしめてください」
僕の小さな体を包み隠すほどの体躯は愛しそうに、そして大切に抱きすくめてくれて、キスまでしてくれて、朝から幸先の良いスタートをきる事ができる。
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