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6.許可

 犬の手はケツから太ももへゆっくり移動しつつ、揉んだりさすったりしている。 「うわぁこの感触……バリバリ筋肉なのに、ナンでこんな柔いンすか……」  それについて、本気で問うなら説明倒しても良い。なんなら1時間ほど講義可能だが……そう言うことでは無いだろう、ということはなんとなく察した。 「ああ最高っす、加賀谷さん……腹見ていいスか」  見るくらい構わない。  が、そう返す間も無く、すでにタンクトップの裾をめくっている。なら聞くな、という話なのだが。問題はソコではない。  この状態だ。 「いいスよね、うわもう夢みたいっす……」  ブツブツ言いながらピッタリ抱きついたかと思うと、あちこち触り、首だの肩だの舐め、 「ああ~~~、見える、見えちゃう」  なぜか腹筋を見つめてる、デカい一年。  なんなんだ。意味が分からない。 「見えちゃった……」  ヨダレ零しそうなふやけきった顔を、眉寄せて見下ろしていた泰史は、ハッと気づく。  これはつまり、もしかして。  ……性的な悪戯をされてる状態なのだろうか。 「すげ割れてる……のにこんな柔いとか……」  自分がそういう対象になるなど、想像もしたこと無かったが、とりあえず不愉快ではある。 「ううう、もう死んでもイイ……」  なら死ね。  の思いを込めて、また首を舐めそうに寄せてきた顎を「うぐふ」グイッと手で押し上げる。 「ちょぅぅっうぐぇ」  構わず喉に当てた手に力を込めると、無様な声と共にジタバタしている。  思わず見回したが、屋上に他の人影は無い。せめてもの慰めは目撃者がいないことだ。こんなのに抱きつかれているなど、まさしく無様でしかない。  ふと気づくと犬が静かになっていた。見ると目とくち半開きのままグッタリしている。マズイ、と手を離した。 「ぐっ、げっ、うげほっ、げほっ」  生きていたようだ。ホッとした。  殺意が無かったとは言わないが、屋上には二人きりなのだ。今殺したのではバレバレすぎる。 「げっ、げほっ、ぐっ、や……ば、かった……っ! マジ死ぬかとっ! げほげほっ」  喉を押さえながら大袈裟に騒いでいる犬を、ざまあみろの思いを込めて見ていたが、まとわりついていた犬が離れたためか、肌寒さを感じた。  トレーニング中だったのでタンクトップとハーフパンツだけ。ジャンパーは下に置いてきてしまった。  まだ春浅い季節ではあるが、ストレッチなどで身体を温めたし、身体を動かしている間は寒さなど感じない。上がってきてから抱きつかれている間も平気だった。真っ赤になっていたし著しく発汗していたから、コイツの体温が高かったのだろう。  とはいえ長くインターバルを置いてしまったし、身体も冷えた。またトレーニングに戻るとなると、イチから、つまり身体をほぐして暖めるところから始めなければならない。  既に日は大きく傾いている。この犬相手に意外と時間を浪費してしまったのだと判断する。 (今日のトレーニングは中止か)  しばらくすると寮の食事時間。これから身体をほぐしていたのでは、トレーニングをする時間的余裕はほぼ無い。食後は入浴を済ませ、コーチにマッサージして貰い筋肉の調子を確認、その後は勉強だ。睡眠時間を削るなどあってはならない。つまりトレーニングはもう出来ない。  立てていた予定をこなせないということだ。今週いっぱい、新たなトレーニング法を試して成果の検証をする予定だったのに。  泰史は犬を睨み付けた。 「おい」  全部コイツのせいだ。 「あっ、は、はいっ」 「上着を寄越せ」 「は? あ、はい、すぐに」  もたもた制服の上着を脱いでいるので、強引に奪って羽織る。デカいだけあってサイズには余裕があった。それもムカつく。  ムカつくが、上着にはコイツの体温が残っていて、かなりぬくい。身体の冷えは予防出来たので良しとする。 「行くぞ」  立ち上がって声をかけ、出口へ向かったが、返事が返らない。チラッと見ると、真っ赤な顔で、また目が潤んでいた。  熱でもあるのか。なら上着を奪ったのはマズかったかも知れない。 「急ぐぞ」  せめて屋内に入ればマシだろう。下まで降りれば自分のジャンパーもある。    ◆ ◇ ◆  安原は前にも増して、絶賛興奮中だった。  後について階段を降りつつ、またもや鼻血出そうな状況になっている。  加賀谷さんのハーフパンツは、オーバーサイズのジャケットに隠れて見えない。つまり生太ももだけがジャケットから伸びている状態。  これはもうすでに…… (彼シャツ……いや彼ジャケットだ……っ!!)  たまらん、これはたまらんやつだ。つくづく携帯忘れた自分が恨めしい。  なんて思いつつ両手は緩く握ったまま、どこにも触れていない。さっき触れた感触を忘れないためだ。夢にまで見た加賀谷さんの肌。あれは想像以上に柔らかくて暖かくて、股間がヤバかった。  てか加賀谷さん、さっき黙って触らせてくれたし、じっとしてたし、あまつさえ加賀谷さんからも触ってくれた。ちょっと力強かったけど、あれってどんどん触ってイイつうことだよね?  てことは加賀谷さんもわりとその気ってことなんじゃね? だよな? 違うかな? 違うかも。なんか空気冷えてるし、さっき睨まれたし。 「おい」  先に降りる背中から声がかかる。 「はいっ!」 「静かにするか」 「え?」  すると背中から苛立ちのオーラが立ち上った気がした。 「あっ、ええと、はい、静かにしますっ」  ヤバいと慌てて返事したが、そんなうるさくしたかな? なんて思ってたら 「そうか」  低い声が返った。 「はいっ!」 「見るのは、別に構わない」 「えっ」  階段途中で立ち止まり、加賀谷さんは振り返る。……ていうかめっちゃ睨まれた。  けど、それどこじゃ無いっしょ! 「マジすかっ!」  やっぱさっき触ったの気に入ったかな? だよね気持ち良かったからとか! やっぱそうだよ、だって加賀谷さんからも触ってたし! ちょっと苦しかったけど!  「ただし」 「あ、はっはいっ!!」 「窓から呼ぶ、探し回って騒ぐ、そういうのはやめろ」 「はいっ! わあっかりました~~~っ!」

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