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21.タフなあのひと
「うおーっ尊い、尊すぎるっ!! 神の輝き放出しっぱなしスかっ!! 惜しげもねえっ、あー尊いっ!!」
ひたすらカメラを覗き込んでいる郁也に、声が漏れてる自覚など無い。
「神々しいっ!! 一瞬たりとも目を離せないってなんスか、吸引力さすがっす!!」
やはり残念にしか見えないのだが、コーチにより見いだされた異常なほどの観察眼は、自動的に発揮され続けている。
「腕にも股にも余計なチカラ入ってないのに、まるで飛んでるみたいに軽快な足運びサスガっす! シューズのつま先まで尊いっす!! 一瞬グラウンドにフィットして、てか蹴り足から土塊ひとつ飛んでないって、どんだけスかっ!!」
最高のバランスを保つ加賀谷泰史は、やはり郁也にとって神でしか無い。というか郁也が自然に把握している微妙な筋肉の動き、体勢や力の流れといったものは通常、画像をスロー再生すれば見える人には見える程度のものなのだが、
(なんでみんなコレ分かんねーかな? 明らかめちゃ分かりやすいじゃん)
などと思ってたりする。
思考が全部くちから漏れ出していたのは無意識だったが
「気が散る」
「おとなしく撮ってろ」
横やりと共にアタマ殴られたり背中どつかれたりしたので、とりあえず声は抑えるよう意識したが、半開きのくちはだらしなく緩んで、ヨダレがこぼれ落ちそうである。
いつもにまして、神たる泰史が美しく輝いて見えるのだ。
(背筋がほんの気持ち前傾姿勢てかコノ安定感ぱねえ~~~、腕の振り大きすぎねーし自然てか、うぉーパワーの流れ見えるよコレ!! 蹴り出す一瞬脹ら脛の筋肉盛り上がって、パワーが地面へしなやかに伝わってく流れが~……あああ股の筋肉もやべえ、マジどこもここも神々しいっ!!)
なにげに郁也の自室ベッドの枕の下には完全ガードした大量の神写真があったりする。
「加賀谷さんの夢見れますように」
そんな一心でやってることで、もう既に『神』たる加賀谷を鑑賞するために生きていると言っても過言では無い郁也である。
なので当然、コーチに『陸上部全員を撮ってくれ』と依頼されたことなどアタマから抜けてる。
(輝き続ける加賀谷さん、一瞬たりとも見逃すわけに行かねーし)
で、ある。
(めちゃ調子よさそうだな~~、て、おお!! この横顔! 放心したような顔になっててカワイイ~~~っ!! ズームしねーと)
「おいこら」
後頭部に衝撃を受けると同時、カメラを奪われた郁也が、強制的に至福の鑑賞を中断され、怒りと共に顔を上げると、そこには睨み下ろす広瀬がいた。
スポーツ科二年、マラソン専攻、いつもわりと難しい顔してるのだが、いちだんと怖い顔になっていて、
「な、なんすか」
なにげにビビった郁也はヘラッと引きつった笑みを向ける。ここで『常に怖い顔の加賀谷はビビらないのに、なぜ広瀬にはビビる』というツッコミが外野から入るが、郁也に自覚が無いためスルーされる。
「六人全員を撮れと言われただろう。なぜあいつばかり撮ってるんだ」
「え、いや、そりゃあ……加賀谷さんから目を離せないってか。しょうがないッスよね~、あんだけの輝き、もうサイコーってか」
てへへ、と照れながら言うので、また別の拳が頭を殴る。
「ふざけんなよ! コーチが言ったんだぞ」
療養中のため見学している鴻上 が真顔だ。
「てか殴らなくても良くない!?」
「トレーニング中からずっと、何度声かけたと思ってるんだよ! 聞こえてないみたいに無視してただろうがおまえ!」
いやいやいやいや、そんなんゼンッゼン聞こえてませんからマジで! と抗弁しても受け容れられることは無い。しまりなくヘラッとしているからなのだが、やはり自覚は無い。
「おーい、おまえらクールダウンは終わっただろ。身体冷やさないようにしないと」
「コーチ! こいつ今日も加賀谷しか撮ってません!」
広瀬の注進に、コーチは困ったように眉尻を下げた。
「安原君、頼むよ」
「はあ」
ヘラッと笑うが、正直『神』以外の映像なんていらねーと思っているので真剣味に欠けること甚だしい。
「コーチになにを言わせてんだよバカッ」
また鴻上が殴った。
「なにすんだよっ!! 親父にも殴られたことないのにっ!! て、あっ! 今自然に出てきたけど、このセリフ、前からいっぺん言ってみたかったんだ、言っちゃった!!」
もっかいちゃんと言おう、なんて考えてる顔もだらしなく緩んでいるので、詳細は不明でもどうせ下らないことを言い出すのだろうと、周囲には丸わかりである。
「殴ったな? オヤジにも……」
ゆえに拳握りしめ、情感たっぷりに言い始める郁也を放置で、皆スタスタ離れていく。
「え? ちょ、聞いてよぉ~~」
こんなん一人で言ってもぉ~~~、と手を伸ばすのだが、視線の先に神々しい後ろ姿を見つけてハッとする。
(ちょま、加賀谷さん、いつのまにあんな遠くにっ! やばやば行かねーと!)
置いて行かれまいと寮への道を走るわけだが
(今日こそ隙見て生着替えっ!! てか入浴シーンも激写するっ!! てか今日はあ~んしてもらえるかなあ、また手料理食べたいなあぁぁ~~)
などと考えてヘラヘラしてる。
しかし寮に到着すると、陸上部メンバーにガッチリ固められて、まっすぐ食堂へ連行されてしまう。
決められた椅子に座れと命じられ、見張りまでつけられるので、食堂から出ることは不可能。トイレにまで見張りがついてくる。つまり生着替え目撃どころか寮内で自由な行動は一切出来ず、当然神の入浴シーン激写も出来ないでいるのだった。
かなりがっかりしているわけだが、これも身から出た錆なのだ。
当初、コーチは自らの自宅へ招待すると言った。そこで夕食を摂ってから寮に戻るよう提案したのだが、
「ええ~~!? やだ!」
郁也はごねた。
「一緒にメシ食いたい!! やだやだ、絶対隣であーんとかしてもらったり、なんなら俺があーんしてあげたいッス!!」
『あーん』はともかく、寮で食事くらいは良いだろうと泰史以外の全員が頷いたので、コーチが郁也の食事代を負担するとして、食堂で夕食を摂れるようになった。
しかし初日、郁也は当然のように二〇八号室へ向かって、そこに泰史の姿が無いと知ると、まっすぐ浴場へ向かってウキウキでカメラを構えたのだ。そのとき泰史はそこにいなかったのだが、まさに入浴しようと脱衣していた寮生たちは、なんだコイツ、怖いんだけど! と大騒ぎになった。そこに現れた泰史に向こうずねを蹴られ、倒れたところを首根をつかんで食堂まで連行された。
「入浴時間は身体のメンテナンスに重要だ。邪魔など許さない」
泰史以外、陸上部以外の寮生からも、
「変なやつにうろちょろされたくない」
「落ち着いて風呂に入れないのは困る」
などと言う声は大きかったが、いくら言いきかせも「え? なんでスか?」ヘラッと笑うばかりで全く理解していない状況だったため、寮生全員の総意として、交替で見張ることとなったのである。
だが、そんな状況下でも、郁也はやはりヘラヘラだった。
寮の食堂は席が決まっているのだが、今日座らせられたのが最高な席だったのだ。
(ここって隣、加賀谷さんの椅子だよね!? だよねだよね、やっぱ鴻上イイやつ!! 席交換してくれた! 昨日は鴻上の隣で加賀谷さんに背中向けてしかもテーブルひとつ挟んでるって最悪なポジションで泣きそうになったけど! てか隣ってコトは! コレやっぱあーんとかして上げたりしてもらったり……出来るってコトじゃね?)
などと考えてるわけだが、当然『あーん」は拒否されつつも夕食を終える。
食後は二〇八号室で待機を命じられるのだが、それもまた至福の時間である。色々匂ってみたり加賀谷さん情報満載のPCを弄ったり出来るからだ。やがてコーチと共に泰史が来ると、動画を精査するのだが、集中した泰史が接近して来るので、やはり至福の喜び感じつつ、それを終えて帰宅する移動中は薄い本などで学んでいる。
夕食は寮で済ませているので、入浴し自室へ戻ると、自動的に『加賀谷さんノート』を取り出すのだった。ちなみに交流合宿の日から書き始めたこのノートは、たった一月 ちょっとで三冊目に突入しているのだが、つまり郁也の中の詩人が活動開始するのだ。
語彙を増やそう計画も地味に進めている。空き時間(加賀谷さんを見れない時間、つまり授業中とか)を使って、主に神話とか読んでたりするのは、カッコイイ礼賛を捧げたい一心である。
ともあれ、つらつら書き連ねながらも、今日一日を反芻する郁也の顔は緩みっぱなしだ。
(てか今日は睨まないで話してくれたし、うほー、これイイ感じで進んでね? だよなだよな、このまんま行けるよな!)
そしてもちろん、スパダリ研究も欠かさない。毎日授業前や休み時間に連行される美術準備室で、噛み合わない部分もありつつ、フジョッシーズとの会話は漏れなく盛り上がる。
(スパダリは懐きすぎるよりちょいツンな感じの方が効くとか言われたけど、んでもなぁ~、無理だって!! 目の前に加賀谷さんいたら抑えらんねーし!)
彼女らにも郁也自身にも自覚は無いが、誤った方向の知識は深まっている。
(んでも昨日、加賀谷さんの部屋で待ってる間にうっかり寝ちまったのに、殴った後アタマからタオルかけてくれたし! めちゃ優しい~~~!! マジ感動だった~~!!)
前日、加賀谷さんノート執筆に夢中になり、資料としている神話やBLマンガをひもときしているうちに朝になっていて、そのまま学校へ来た郁也は、ひとり部屋で待っているうちにうたた寝してしまったのだが
(怖い顔で「とっとと帰れ。そのタオルはやる」とか加賀谷さん言ったけど、基本ツンだからな!! むしろさらに近づいてんじゃね!? だってタオルくれたし!! てかスパダリに可愛がられる後輩の座ゲットしたってコトじゃねーの?)
などと、どんどんエスカレートしていく思考を止める人など、誰一人いない。
むしろ郁也視点の解釈で伝えたフジョッシーズはキャーキャー盛り上がっていたので、この方向で間違っていないと確信している郁也である。
深夜の自室で、郁也は期待と喜びを満面に現しつつ拳を打ち上げた。
「よっしゃ頑張る!! ファイト俺っ!!」
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