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第2話

 ウリ専の咥え慣れた後ろというのはもっとゆるいものかと思っていたら、きゅうきゅうと締め上げられすぐに達してしまった。八年も誰ともヤっていなかったのだからほぼ童貞と変わらないので仕方ない。  たったひとりを想い続けて八年だなんて、この歳で笑ってしまう。幾度となく三森のことを忘れようとしたけれど、どんな機会もさらに気持ちを深めるきっかけとしかならなかった。出会いはなくもなかったが、三森ならこう言うだろう、こんな風に笑うだろう、そう思うと他の誰も受け入れられなかった。  その場の雰囲気で体だけ流されようとも思わなかった。どう考えても最中に違う男のことを考えるのだと思うと、相手に失礼というより、後で存分に苛まれるのは目に見えていたからだ。  一度イってもすぐに欲は満ちた。快感だけをひたすら追い、男の薄い尻を掴みながら後ろから思い切り突き上げる。  自分がどんな情動に煽り立てられているのか全くわからない。汗で湿る肌と喘ぎ声を混じらせる息の間で思考などままならない。このまま終わりなく溺れていたいと思うほどには、性欲に身を任せるのは心地よかったし、嫌悪も後悔もなかった。 「すみません。もし迷惑でなかったら、タバコ一本だけ吸ってもいいですか?この地区外禁煙なんで」  直後に、客の前でタバコは普通吸わないんじゃないかと思ったけれど、丁寧な言いように特別嫌な気はしなかった。 「どうぞ」  もう一度シャワーを浴びて男が着てきた服を身につけたら、さっきまで素っ裸で体を絡み合わせていたのが嘘みたいに思えた。初めて男を買ったくらいで、違う自分になれるような気が一瞬でもしたことに呆れる。  選び取ることでどんな風にもなれるし、何処にでもいける、そう思ったのは全部初めての体験に気分が高ぶっていただけのことに過ぎない。  自分には一生訪れないだろうと思っていたというだけで、あらゆるところで常にカジュアルに行われている何でもないことだ。見知らぬ男と体を重ねたからといって何ひとつ変わらない。  男は乱れたベッドの端に座り、タバコに火をつけ紫煙をくゆらせた。辺りに漂った知った香りに、ふっと胸の底から記憶が湧きあがる。 「俺にも一本もらえる?なんか久しぶりに吸いたくなった」 「いいですよ」  以前吸っていたなんて嘘だ。三森がいつも吸っているのと同じタバコの香りに気づき、一度吸ってみたくなった。これまで、あの匂いと味に包まれてみたいと何度も妄想した。ボックスから新しい一本を取り出す指を見ながら、妙に細くて器用だなと思う。 「その吸いかけのでいい。ちょっと吸いたくなっただけだから」  一瞬空気が止まったことで、そんなことを頼む間柄じゃないことを思い出す。 「あ…、いや、新しいのくれる?」 「どうぞ」  最初と変わらない柔らかい表情で、火がついた吸いかけのタバコが渡された。どうやって持っていいのかもわからず、見よう見まねで指に挟み、一気に肺を満たしてむせた。フィルターはうっすらと湿っていた。 「大丈夫ですか?」 「…ん、前の勢いで吸っちゃった。歳だね。もう三十代だから」 「もっとお若く見えますよ」 「いいよお世辞は」  源氏名は確か聞いたはずだが覚えていなくて、名前も知らない男は俺を気遣うように少し笑った。   * * *  上司からの信頼も厚く、同期の間でも人気があって、女にモテる。三森はそんな男だ。見た目よくておしゃれな上に、いつも明るい。頭の回転がいいのだろう、笑いを誘いながらもキレのある返しをする。これで周りに人が集まらないわけがない。  その一番の友人という公認ポジションは志生にとって何よりも大切なものだった。モテるくせに女に対してどこか冷めていることも志生を喜ばせた。  自分はと言えば、真面目が取り柄なばかりの地味なタイプで、人が良さそうとは評価されても、目立つタイプではない。腐れ縁にしてもどうして三森が俺と一番親しくしているのか、よくわからないと思うことがあった。 「この前言ってた彼女とはうまくいってんの?」  昼休み、会社の近所にある蕎麦屋でまた三森と向き合っている。上司との付き合いのため昼に誘われたら必ずついていくし、誘われなくても社員食堂で誰かに声をかけて一緒に食べるのが普通という雰囲気が社内にはある。  その息抜きで昼休み前に目配せしあい、誰にも声をかけられないよう早々に部署を出て、時々ふたりで外に食べに行った。三森が合図を送ってくる瞬間が好きだった。 「あぁ、付き合い始めたよ」  何気ない質問は自分に刃となって返ってくることはすでに経験で知っている。 「ふぅん、今度はどんな子?」  傷を深めることだって知っていて続ける。それでも聞かずにいられない。会話の流れ以上に自分が知りたい。 「おまえも会ったことあるよ。前にさ、同期のヤツが企画した異業種交流会で会った、アパレル系の会社に勤めてる子。あの日は白いワンピース着てたかな」  そう言われてすぐにひとり思いだした。顔はぼんやりとしていて思い浮かばないけれど、覚えている。異業種交流会と言ってもていのいい大規模な合コンと変わらない。付き合いで顔を出したものの、あからさまに探り合う雰囲気にすぐに嫌気がさしてしまった。 「ショートカットの子?」  そうそう、という軽い返事を聞きながら、またねっとりと嫌な気持ちがする。その子とは志生も連絡先を交換してメールのやり取りの後、電話で一度だけ話した。『どこか連れて行ってくださいよ』と曖昧なことを言われてそれきりだった。  男しか恋愛対象として見られない志生がどうしてそんな状況に置かれたかというと、単純に相手の押しの強さだった。  ぐいと間を縮められる割にはそれほど嫌な気がしない。そういう加減を知っている、清潔感のある女の子だった。さっぱりとしたショートカットなのに、ささやかに女っぽさを匂わせる。服もそれに合わせて、奇抜すぎず程々流行りを取り入れ、女らしく、ほんのちょっとだけ目をひく絶妙なバランスを心得ていた。  上手い自己演出はアパレル系だからかと腑に落ちる。適当に相槌を打つばかりで彼女の職場など気にも留めていなかった。  自分も誘われたことは三森に言えなかった。誘いのうちにも入らない些細なことだから。そう思ったのが、妙に言い訳がましい気がした。  三十歳の志生の誕生日には、やっぱり三森から声をかけられた。 「ごめん、本当今月厳しくてさ。俺のうちでドンペリ開けようよ」 「え、いいよ、気使わなくて。あれ、おまえへのプレゼントだし」 「ふたりの三十路祝いにぱっと飲めばいいじゃん。俺、先に帰って部屋片付けるから、早く仕事終わらせて来いよ」  そう言われて仕事帰りに三森のマンションに寄る約束をした。わずかにでも期待してはいけないとわかっている。それでも誕生日に三森とのんびり過ごせるのが嬉しくて、会社から最寄駅に向けて足を速めた。  見たことのある顔を目の前にして通り過ぎてから振り返る。ショートカットの彼女が男と腕を絡めて体を預けるように歩いていた。見なければよかったと思った。

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