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第4話

 考えがまとまらないまま、三森のマンション着いてしまった。オートロックの扉の前で部屋ナンバーを押しても、彼女が男と歩いていたことを伝えていいのか迷っていた。腕を絡めしなだれかかかる様子は明らかに友達や兄弟といった風ではなかった。  彼女がいない方が気が休まるとか、適当な女とは付き合ってほしくないとか、自分の気持ちを優先させているだけじゃないかと疑いが生まれる。最終的には『友達として』言うべきだろうという正論で身を固めた。 「ふぅん」三森の返事は意外に軽かった。「ま、ちょっといいかなってくらいだったから、別にいいけど」  その程度で三森と付き合えるのかと思うと絶望的な気持ちになった。女ならば、一時(いっとき)でも三森の気持ちを自分に向けられる。もう終わったであろう女との関係にさえ嫉妬する。せっかくのシャンパンの味がよくわからなくなる。 「なんで自分の誕生日にそんな話題切り出すんだよ、おまえってほんっと…さ…」  馬鹿?人がいい?続く耳当たりのいい言葉を待った。 「俺のこと好きなんだな」  心臓が止まるどころの話じゃない。身体中の血が逆流して顔が真っ赤になったのがわかった。どうしようもなく指が震えた。 『そう、知ってたのか。もちろん好きだよ。誕生日プレゼントはキスでいい』  そう言って冗談として軽く流すには、時間が経ち過ぎ、あからさまな反応をすでにしてしまっていた。 「はっ?三森にしてはキレがないな、その冗談。もう酔っ払ってる?」 「冗談かどうかはおまえの方が知ってると思うんだけど」  そう言ってゆっくりと距離が縮められ、思わず体を縮こめ震わせる。掴まれた腕に心臓が移ったみたいに、そこがどくどくと大きく脈打った。三森の力は強かった。徐々に縮められる距離にくらくらした。キス、される。ギリギリまで冗談だとからかわれるかもしれない。篭ったぬるい息が近づく。  唇が軽く触れ合うだけで処女みたいにドキドキした。冗談にしてはキツ過ぎる。逃げたかった。でも反対にあれほど強く思い描いた先を現実のものとして確かめたかった。心の奥深くまで奪い取って欲しかった。 「はっ……ん……」  軽く表面に押し当てられただけなのに、思わせぶりに余韻を持って触れる唇に思わず溜息が漏れる。三森の表情を確かめるのが怖かった。気持ちを知られていた上にキス、された。 「志生、真っ赤になって可愛い。男と初めてしたけど、案外平気だな。もっとして欲しい?」  もっと、して欲しいに決まってる。唇を合わせていたい。もっと舌も唾液も絡ませてみたい。どろどろになるまで奪って欲しい。欲が滲むあからさまな顔をしていたと思う。 「ちゃんと言わなきゃしてあげないよ」  三森は目元に子供のような笑みを浮かべて言った。突然訪れた状況と先のことを考えると、やっぱり怖かった。口を開けば、この八年の全てをぶち壊してしまう。今ならまだ、なかったことにできるかもしれない。『酔ってお前、俺にキスしただろ』なんて、後で笑い話になるのかもしれない。 「…して。キス、して欲しい」  ゆっくりと近づいてくる三森の顔を見て、目眩がした。もう一度あの感覚が味わえる、そう思うと体の芯がずくりと反応した。唇に柔らかい湿り気を感じた途端、ぎゅっと目を閉じた。 「志生、中学生みたいに目瞑んな。力抜け」  何度も啄ばむように唇をつけながら、すぐ間近で三森が言った。何かのリミットが振り切れた。言い訳なんてもう何もできない状況にいることを受け入れた。強く抱きつき、強引にきつく唇に吸いつく。角度を変えながら少しでも深く喰み、ベタベタに舐めとり、隙間を攻略しようと舌先を動かす。  三森は一方的にされるのが嫌なようで、なだめるような甘いキスを返してくる。  上手いな、こんなキスするんだなと思いながら頭の奥がじんじんと痺れてくる。唾液が混ぜかえされ粘膜に触れて立てる水音が気持ちを煽る。心臓は信じられないくらい激しく、鼓動を打っていた。

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