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第10話
「いちいち聞くと中断しちゃうんで、オプションは適当につけさせてもらってもいいですか?」
「ぼったくる、とかないよな」
「大丈夫です。今日は最後の記念にサービスさせてもらいますから。一泊もらったので俺の方は割と身入りいいんで、気持ち程度チップとして頂ければそれでいいんです」
あけすけな物言いをして全く取り繕わなくなった男は楽しそうで、前とは全く人が違っていた。
「君、やっぱりこの仕事合ってるんじゃないの?」
ふっと力を抜くように男が自然に笑う。
「今までで、一番今日が楽しいですよ。ずっと好きだった人を抱ける上に、高額報酬付きなんですから」
『ずっと好きだった』優しいトーンで言ったその言葉で、男が演技に入ったのがわかった。
そう、三森のことがずっと好きだった。たとえあんな終わりでも、全部嘘でも。ふと心が温められる瞬間はいくらでもあった。仕事だって、三森がいたからこなせたことも沢山ある。誕生日は特別な一日で、毎年密かに楽しみにしていた。
何も知らなかった頃の記憶が勝手に溢れ出てきて、体がこわばる。なんでもないように片方の唇を上げ、軽口を叩いて誤魔化した。
「高額報酬?納得いかなかったら俺は払わないからな」
体が摺り寄せられ、唇がふわりと合わされる。この男とは幾度も性的興奮を高める以外意味を持たないキスをしたのに、触れる瞬間胸が大きく鳴った。それほど自然で、口づけたいから口づける、そんな感じで体も唇も寄せられた。タバコの香りがちりりと胸を焼く。
妙に色を滲ませ、雄性を匂わせ、無意識に優位を刷り込もうとするやり方だと思った。組み敷かれたわけでもないのに、自分より華奢な男は今までとは違う空気をすでに纏っている。
「当然、納得させますよ。志生…、って呼んでもいいですか?」
目を覗き込まれるようにして名前を呼ばれ、またどきりとして「うん」と声を漏らすように小さく頷くしかできなかった。初めて抱かれる、そう思うだけで身体中がぴりぴりと反応する。怖くはなかった。ただ触れるところがやけに熱く感じた。
今まで必ず最初にシャワーを浴びていたから、服を着ているところから始めることさえ新鮮に思える。肌とシャツが擦れ、一層気持ちが焦れる。男の舌を吸うとまたタバコの味が微かにして、体の奥をきゅうと掴まれた心地がした。
無防備になりすぎている。抱き合ったまま、何度も角度を変えて口をつけ舌を絡め、わざとまた離す。いつもよりキスが長い。服を脱がしてもいいのか、相手に任せるのか迷う。
「もう少しだけ、こうしていてもいいですか。いつももっとキスしたいなって思ってたから。恋人みたいに服着たままこんな風にできるなんて、考えた事なかったんで、もう少しだけ」
唇が触れる距離で男が言う。それじゃ本当に今までこんな風にしたかったって言ってるみたいだ。『好きだ』というフリをしているだけで、これは演技だ、全部偽りだ、自分に言い聞かせて逸る気持ちをなだめる。
いつもは遠慮がちに唇を合わせてくるのに、今は奪うように、それでも優しく口をつけてくる。その間もずっと甘く腰を擦り合わせられ、体はすでに期待に高ぶっていた。
「緊張してますか?俺に流されてくれさえすれば、いいんですよ」
触れる手の柔らかさが違う。声の温度が違う。髪を撫でられながら見下ろされ、男の顔を見上げて、意外に綺麗な顔をしている、と思った。切れ長の目を細め、くすみのない唇の口角を上げ笑みを漂わせている。
「タチとネコでキャラ変えるの?」
「ふふっ。いつもと違いますか?希望に合わせはしますけど、どちらも俺は俺ですよ。抱かれて誰かの思うままにされたい部分とか、挿れて愛情を注ぎたい部分とか、誰かをめちゃくちゃに攻略したい部分とか、自分の中から引っ張ってくるんです。演技じゃなくて、全部俺ですよ」
言いながらも手は髪を梳き、頬を撫で、首筋を辿り、絶えず思わせぶりに動く。蠱惑的に彷徨う手の動きを敏感に感じ取って、ささやかに体が震える。明らかに二度目の童貞で処女の自分より今は相手が上手なのだと思い知らされる。男のやり方に身を任せるしかなかった。
シャツをたくし上げ捲られる、手を間に差し込間れる、ボタンを外される、シャツをはだけさせ素肌の肩に口づけられる。たったそれだけのことを、ひとつひとつ受け入れる度に心まで侵食されるのを許すような心地がした。
服を脱がされたからと言って心に触れられるとは思わない。それでもガチガチに張り付いてた自分を防御するためのものを、欠片にして剥がされているようだ。押し当てられる唇が亀裂を入れていく。首筋、喉元、胸、脇腹。男は急いているようにも、余裕があるようにも感じた。
「志生さんの体、好き。いい感じに締まってて、無駄がなくて。キスしたところが、俺が触るのを許してくれたところ」
ついさっき裸で抱き合って、あられもない姿でどこもかも触れ合ったばかりなのに、よく言う。そう思ったけれど、言わなかった。思っていたことを言い当てられたような気がした。
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