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第11話
どうして抱かれてもいいなどと、思ったんだろう。
荒い息遣いを耳元で聞いた。でもそれより自分の呼吸はもっと乱れていた。目の淵からとめどなく流れる涙を舐めとる舌が熱い。それは意思とは関係ない生理的なもので、次々溢れシーツを濡らす。辿る舌は溶かされそうに熱を持って濡れていて、違うところを舐めていてくれた方がよかったと思った。
「嘘つき…こんなの愛じゃない…」
尋常ではない違和感を持って後ろは押し拡げられ、男性器が根元まで埋め込まれていることが信じられない。
苦痛を紛らわせるため小指の関節を強く噛んだ。じわりと痛みが広がるけれど、大して気を逸らすことにはならない。とりあえず『嘘つき、嘘ばっかり』と叫んでみたけれど声は喘ぐように弱々しく、また涙が溢れた。
「噛んじゃだめ、傷になる。すぐよくなるから、信じて」
噛んだばかりの小指に口づけられる。柔らかい唇がやけに優しく触れて、僅かな刺激も与えられていないのに自分で噛むより気が紛れた。それでも男が喋るだけで繋がった場所にびくりと響き、嫌でも体の奥に他人のものを咥えていることを思い知らされる。
『信じて』などと簡単に言うのは余計に嘘くさい。むしろ力づくで体を捻じ伏せて欲しかった。これじゃ自分が子供みたいに甘えて、宥められているみたいだ。その背中には絶対縋りつかないと、意地をはった。……騙される、俺が悪い。
そう、どういうことをするのかは知っていたはずだ。何をされるか知っていて飛び込んだ。シャツを完全に脱がしてしまうと、男の手と唇は下肢へと向かい、ありとあらゆる場所へ軌跡を残した。望んでその手による愛撫を受け、体にかかる重さを感じ、押し当てられる唇で唾液が擦り付けられるのを許した。
自惚れてしまいそうになるほど男の動きは切なげで、欲しくてたまらないと訴えていた。切実なほど求められ、体の芯が応えるように疼く。今まで受けたことのある口淫さえ違う意味を持っていた。
口内はいつもよりねとりと熱く、いやらしく絡みつく。必死に咥え受け入れようと顔をゆがめたりしない。硬い舌で舐め上げながら、こちらに送られる視線がやたら挑発的に感じる。立場が入れ違っただけで、全てが違っているように思えた。
止めようと言えば、いつでも止められる。金を払っているのは自分で、無理矢理抱かれるわけじゃない。主導権があるのはこちらなのに、侵食してくる情動と欲望に支配され、身を委ねるしかないという気がしてくる。気持ちが揺さぶられるのは、手慣れた演技のせいだ。心ではまだ、そう思っていた。
* * *
「はっ…っ…ん」
「触っただけでそんなに反応するの、本当に全部初めてなんですね。嬉しいな」
後ろから誰にも触れられたことのない場所に指を充てられて大きくびくりと震え、同時に初めて聞く媚びるような声が漏れた。そんな所を触られただけでは、普通何も感じられない。身体中に口づけられ頭がどうにかなっている。本当に嬉しいと伝えてくる愛しむような笑顔を見せられ、とくんと鼓動が高鳴る。
こめかみにそっと唇がつけられた。丁寧にしろとは言ったけれど、優しくなどされたくない。抱き合った体勢のまま脚は開かれず、甘い香りのローションを纏ったぬめるゴム越しの指で後孔をぬるぬると解される。膝を閉じた格好のまま後ろに手を回されるのが、余計に羞恥心を煽る。
「…い、やっ…だ…」
「本当に嫌ならいつでも止めます。まだ、大丈夫でしょう?」
今までになく男は心から気遣うように優しく振る舞う。これが愛かと言われると全然わからない。
違う、これは愛を語る遊びで本気じゃない、それがふたりの共通認識だ。愛おしくて仕方がないとでもいうように体に触れられ熱っぽく見つめられると偽りとわかっていてもゆらりと流されそうになる。それでも全部嘘だと知っている。遠慮なく体を開いていく愛撫に、心は両極に振り動かされる。
この後の流れは知っている。埋め込まれる指は中で蠢き、いいところを突き止める。指を折り曲げて何度も擦り上げられるとたまらず声が出る。よい頃合いで体が繋げられる。
ただそれだけだ。それだけのことで、知ることのなかった快感を生むのかもしれない。我もを忘れ相手に心も体も全部預けてしまいたくなるような、底知れない何か。
怖い、止めたい、その気持ちの方が優ってきているのに、くちゅくちゅと表面だけを揉み解す指を止められない。
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