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第13話

「……いいから…挿れろ…早くっ」  目の前のことで気持ちは精一杯にもかかわらず、なぜだか突如三森に乞いねだったことが掠める。抱かれてもいいと全てを晒け出した。好きで仕方なくて恥ずかしい姿を全部見せ、欲しいとせがみしゃぶりついた。  合わされた唇、重ねられた手、濡れた屹立と揺れる腰。妙に鮮明に思い出され、記憶を遠ざけるために目を閉じ、男の素肌の肩に吸い付く。 「勘違いでいいですから、今だけ俺のこと、好きになってくれますか?」  思わず体を離して男を見る。霞みかけた視界がはっきりと焦点を結び戻る。線が細く涼しげな目元の、知らない男が覗き込んでいた。目が合うと、瞳の色素が薄くて茶色い色をしていた。その目が自分よりずっと澄んでいるように見えるのは気のせいだ。  この男が本音で喋るはずがない。もし本気だったとしたら、同情されて抱かれるなんて居た堪れない。 「はっ?今、そんな…話してないっ」 「好きだった男のことなんて俺が忘れさせてあげます」  滞りなくかけられた言葉の異質さを思考と馴染ませることができず、浮遊しかけていた思考が一気に引き戻される。 「嘘くさい…、そんなのいらない…」 「じゃあ、もっと騙して傷つけて、俺の方がずっと憎いって思わせます」 「そんな言葉で、俺を騙すな。何も言わなくても、最初から流されて騙されるつもりでここにいる。ただ抱けば、いいんだよ!」  どうして今更こんな話になっているのか、全くわからなかった。 「それじゃ嫌なんです。ちゃんと俺を見て、俺に抱かれてください。他の誰かじゃなくて。あなた、放っておけないんですよ。情でこんなこと言ってるんじゃないです。志生さんが馬鹿だからです」  ぎゅっと強く抱きしめられた。素肌がきつく当てられるのは気持ちよかった。本当に馬鹿みたいだ。馬鹿だって言葉は好きだって言ってるみたいに聞こえる。全部嘘なのに、心臓をきゅうと掴まれるような心地がした。  いっそのことめちゃくちゃに突いて、全部を忘れさせてくれる方がずっとマシだった。こんな甘ったるくて嘘くさい演出はいらない。 「おまえが思い切り愛してやるって言ったんだろ。俺に何も求めるな…」 「そうでしたね。志生さん、すぐ気を逸らすから、他の誰も思い浮かばないように俺の名前をちゃんと教えておいてあげます。覚えてないでしょ?」  適当そうな見た目のくせに、よく気がつく男だなと思ったけれど、何も答えなかった。それが答えになったらしい。 「弓に築くって書いて弓築ゆづきです」 「ゆ…づき?」  はっきり覚えていなくても、聞いていた源氏名とは全く重ならない。 「そうです。ちゃんと呼んで。志生さん忘れそうだし」  今咲いた花に触れるみたいにそっと、唇に指を柔らかく押し当てられた。 「ゆづき…」  発する音にならって動いた唇と一緒に、優しく乗せられた指も動いた。 「大丈夫かな…覚えててくれるといいんだけど。あの日その辺に座ってる占い師に告白するよりは、俺を呼んでましだったって思わせますよ」 「もうとっくにずっとましだ、馬鹿」  指先に舌を絡め、唾液で濡らした。じゃないと泣いて、涙で濡らしてしまいそうだった。  男を三森の代わりの抱いたように、誰かの代わりにして抱かれようとしていることを見透かされてこんなことを言われているのだと思うと、疑いようのない男の本音を勘違いしそうになる。  ただの仕事のはずなのに、伝わるのは同情ではなく恋情だ。そんなことを感じているとは、認めたくなかった。 「馬鹿って志生さんに言われたくないなぁ」  そう言うと同時に、容赦なく中を裂くように熱が侵入してきた。指よりずっと熱かった。 「ンっ…あぁっ…、アぁ…んっ…、ゆ、づきっ……」  いくら指に力を込め背中に食い込ませても、柔らかな笑みを顔にくっつけたまま弓築と名乗った男は俺を見ていた。奥に進むにつれ、少し辛そうにしたけれど、こちらはそれどころじゃない。 『ゆづき、ゆづき』と何度も言い慣れない名前を呼んだ。それしか抱かれる側のやり方なんて知らなかった。

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