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第22話
「それでオペラは何を観たんだ?」
「彼の寝顔を」
「はあ?」
「仕事で疲れてたんだろうな。僕にもたれてぐっすり」
「お前、正気か?」
「楽しかったよ。きれいな顔だと思ってたけど、寝顔はけっこう可愛くて」
劇場で見た彼のブラックフォーマルはとてもストイックな感じでぞくぞくするくらいの色っぽさだった。
やはりあのジャケットにしてよかったとリカルドは内心で自画自賛した。
フルートグラスでシャンパンを飲んでいる姿にたくさんの視線が集まっていたが、彼はまったく気に掛けず「これおいしいね」とチーズを指で摘まんで食べ、挑発するようにリカルドの視線を捉えてぺろりと指先を舐める。
そんな粗野な仕草も許されてしまう。
そして開演後すぐに、彼はリカルドの肩に頭を乗せてきて「眠っちゃいそう」とつぶやいた。
「寝ても構わないが」
「じゃあこっち」
椅子の位置をずらして、ごろりと膝枕で横になってしまった。
もちろん何十年と押さえっぱなしの専用席だから外からは見えないが、大胆な行動に目を丸くした。
そんな無作法をしても、彼の振舞いはどこか優雅で下品な感じがしない。そっと髪をなでると唇を上げて微笑み、まったく頓着せずにすうすうと眠ってしまった。
舞台そっちのけでリカルドはたっぷり寝顔を堪能した。起きていると黒い瞳をいたずらっぽく煌めかせて、リカルドを翻弄することばかり言い出すが、寝顔は子供のようにあどけない。
そっと髪を撫でてさらさらの手触りを楽しんだ。
驚いたのは帰りの車のなかで、加賀美が「恋とはどんなものかしら」を歌ったことだ。コロラトゥーラも上手にハミングで真似をして無邪気に歌う。
それはわざと? この歌詞の意味を知っているのか?
「聴いていたのか?」
「んーん、寝てたよ。でもこれ、店でよく流れてたから覚えてる」
日本で勤務していた店のオーナーは熱心なオペラファンで、いつもフロアでオペラを流していた。
意味は知らないけどと屈託なく笑って「リカルドの膝枕は気に入ったよ」なんて言う。
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