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第29話

「笑顔もいいね」 「ホント、イタリア男は口がうまいよな」 「えー、僕は本気だよ?」 「このくらいの本気だろ?」 「えー、このくらいだって!」 「よく言うよ」  手の幅でも広げているのか、外の気配に気を取られてリカルドは着替えどころではない。 「これでどうだ?」  適当に着て、二人に割り込むようにカーテンを開けた。  アキトは平然と微笑み、店員はおや、というように眉を上げてリカルドを見た。  頭をツンツンに逆立てて耳にはいくつものピアス、おまけに目元にはきらきら光る化粧をしている。趣味の悪いシャツに眉をひそめた。  こんな男が好みなのか?  険しい顔のリカルドには頓着しないで、加賀美は首を傾げて検分している。 「うーん…、なんか上品すぎるな。シャツ、こっちにして」  もう一枚のシャツを示され、またカーテンが閉められた。 「かっこいいねー、彼氏?」  ひそめもしない店員の声にリカルドはひそかに緊張する。  「そう、彼氏」  加賀美の返事にほっとした次の瞬間、くすっと挑発的な笑いが聞こえた。 「残念だな、僕が立候補しようと思ったのに」 「そう? 君も素敵だけど?」 「じゃあ、今度デートしてよ」 「どうしようかな?」  あの小悪魔な微笑みが見えるようだ。加賀美はやりとりを楽しんでいるだけだとわかっている。本気であの店員とつき合う気はないだろう。  でもわからない。リカルドと会っている時以外の加賀美の交友関係なんか知らない。これまではリカルドのテリトリーで会っていたから、こうして街中で過ごすのは初めてだ。  ひょっとしてこんなことはよくあることなのか? 「デートくらいいいでしょ?」 「くすぐったいよ」  どこ触ってんだ! 「これでいいだろう!」  再びカーテンを開けたリカルドに、店員はにやりと笑って加賀美の腰を撫でていた手を引いた。この程度のやり取りは日常だとでも言いたげに、まるで悪びれた様子もない。  加賀美も平然とリカルドを見て「ん、いいね」とうなずき、髪に手を伸ばす。そのままくしゃくしゃと乱して「こんなもんかな」とつぶやいた。

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