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第30話

 支払いは加賀美がした。  レジで釣りを渡した店員が、こっそり加賀美の手を握ったのをリカルドは見逃さなかった。 「何をもらった?」  手の中には小さな紙切れ。携帯番号の書いたそれをリカルドは取り上げ、くしゃくしゃに丸めて捨ててしまう。加賀美は止めもせずに笑ってみている。  ほらな、本気じゃないんだろ? 「デートする気だったのか?」 「んー? どうだろうね」  思わせぶりに微笑み、耳元に口づける。 「するわけないだろ、リカルドがいるのに」  これっぽっちも本気の感じられない口調。  腹いせに思いきり本気の口づけをしてやった。  キスを解くと加賀美はしてやったりの顔で笑う。  ダメだ、ますますアキトの思うツボだ。  それからデパートのトイレで不思議なムースのような物をつけて髪色を変えられた。使い捨てのカラコンも渡される。 「リカルドは顔バレするとマズイだろ?」  社交界でも有名な名門貴族の貴公子なのだ。  それを加賀美はちゃんと理解している。 「一体どこに連れて行くつもりだ?」 「普通にデートだよ。食事して映画見てバーで遊ぼう。ゲイバーとか行ったことある?」 「…いや、ないな」 「じゃ、今日は庶民の夜の社会見学だな」  その台詞にリカルドはすこし憂鬱になったが、結果から言えばそれなりに楽しめた。

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