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第22話

「急にこんな事言われて気持ち悪いでしょうけど…あなたの連絡先を教えていただけませんか?」 んん??……もしかして? 「……これって、ナンパですか?」 「え?あ!そうです!あなたを見て、ビビッときたんです!」 なんだ、一見頭のよさそうな男前なのに、この残念な感じは。今度はこちらからいかせてもらう。 「あなた、さっき喫茶店で凄く綺麗な(ひと)と一緒じゃなかったですか?あれ、彼氏じゃないんですか?」 男は大きく目を見開いた。 「いえ、あの人は……友人というか……まあそんなもんです」 「へえ。確かにあの人と俺じゃあまりにタイプが違いますよね。っていうか、あなた、タチじゃないんですか?」 男はきょとんとした顔をして首を傾げた。今ので分かった。こいつはゲイじゃない。じゃあなんで声を掛けてきたのだ。 訝しむ気配が伝わったのだろうか。急に男は居ずまいを正すとジャケットの内ポケットから一枚の名刺を取り出し、同じくポケットから出したペンで何か書き込んだ。 「失礼しました。私は、こういう者です」 差し出されたものを見れば、誰でも知っている一流商社の名の下に、品川忠文とある。そして、携帯のナンバーが書き入れてある。 「ここで、あなたに会ったのも運命かもしれません。決して悪用はしません。あなたの連絡先を教えてください。お願いします」 先程の狼狽えようからは別人かと思うようなキリッとした顔で迫って来る。 確かにこのまま純太が動かなければ、また見失う可能性もある。友人だというこの男との連絡手段を持っていれば役に立つかもしれない。 「さっきの方とは本当に友人です。ちょっと頼まれごとをしただけです」 だが、俺が追ってきていることをこの男を介して純太が知ってしまうリスクもある。素性を明かすわけにはいかない。 俺は財布からさっきのコーヒーショップのレシートを出し、その裏に携帯番号を書き、「山田太郎」と添えた。 受け取った男はくすっと笑って「この番号の方は本物ですか?」と尋ねてくるのでそうだと頷いた。 「お勤めは、都内、ではない?」 地元からバレてもいけないので、それにもただ頷くと、意外にもあっさり「わかりました」と返って来た。そして「近いうちに連絡するかも知れません」と言いおくと、踵を返して去っていった。 その後時間ギリギリまで近くのハンバーガー屋でスマホを睨み続けたが、ポインターが動くことは無かった。 その夜、地元へ帰る列車の中で俺は自問を続けていた。 昨日は拉致、あやうく強姦までするところだった。そして今日は勝手に個人情報を盗んで探偵まがいの尾行。 完全にアウトだろ。危ないストーカー、そのまんまだ。 俺はいったい何をしたいんだ? 復讐? ・・・いや、そうじゃない。純太の居場所を突き止めて、純太の家庭を壊しに行ったり職場に嫌がらせをしたいわけじゃない。 ただ6年前、愛し合っていると思っていた相手に突然棄てられ、姿をくらませられたのが、あまりにも辛く哀しかったのだ。純太を憎むことで痛みを誤魔化さなければ耐えられない程、苦しすぎたのだ。 俺の時間は6年前に止まったまんまだ。あれから誰のことも愛せない。 あの時の俺の痛みをあいつが少しでも分かってくれたら。そのうえで家族と幸せに暮らす純太の今を知ったら。 俺はやっと現実を認めて、先に進めるんじゃないだろうか。 昨日偶然会えたのは、俺を憐れんだ神が『もう終わりにしろ』と、くれたチャンスだったのかもしれない。 電車の窓ガラスに映る暗くしょぼくれた顔が自分のものだと気が付いて、俺は深い溜息をついた。

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