24 / 32
第24話
「まず私の話をさせてください。
私は商社に勤めていて、ずっとEUを担当しています。入社数年で3年ほどイタリアに駐在して帰国し、暫く東京に居ました。普通なら次の任地へ行くまで数年あるのですが、急にドイツに欠員が出来、予想より早くまた海外駐在の話が浮上してきました。6年ほど前のことです。
商社マンは、適齢になると結婚して駐在先に妻を連れて行くケースが多いんです。行ったら5年ぐらい帰れないのもざらですし、帰国は年に一度が精一杯なのでね。
当時、私には真剣に交際していた女性が居て、もしドイツに派遣されることになるなら結婚して彼女も連れて行きたいと思いました。だから、プロポーズをしたんです。私は彼女を愛していたし、彼女にも愛されていると思っていたので、喜んでついて来てくれると思っていました。
でも、彼女の答えはノーでした。それどころか別れたいと言われて…。
プロポーズを断られるなんて微塵も考えていなかったんです。それはもう、ショックでした。
この人と一生を共にしたいと思うほど愛していたわけですから、別れ話なんて到底受け入れられず、何故だと彼女を問い詰めました。海外に住むことを躊躇っているなら説得しようと思ったんです。
すると彼女は驚くべきことを言いました。『実はほかに好きな人が出来た、あなたに隠れて浮気をしていた』と。
信じられませんでした。1年半付き合ってきて、彼女はとても真面目で一途でそんなことをする女ではないと知っていました。確かに私は出張が多く、彼女と四六時中一緒に居られたわけではなかったけれど、隠れて浮気をするような器用さも彼女は持ち合わせていなかった。
私はプライドをかなぐり捨て、別れたくない、悪いところは直すから、離れないでくれと縋りましたが、彼女は聞く耳を持ちませんでした」
品川の話に、胸がヒリヒリする。あまりに当時の品川の置かれた状況がかつての自分と重なっていて、そのときの品川の気持ちが痛いほどよく分かった。
そして、品川がこれを俺に話す理由。6年前という符号。この話はきっと俺の話に繋がっていく。
「私がしつこく食い下がるので埒が明かないと思ったのでしょうか。とうとう彼女は新しい恋人だという男を連れてきました。
彼は若く美しい男性でした。ただ、まだ人の髪すら切ることのできない美容院のアシスタントだという。彼の見た目に騙されたのかと思いました。一発殴ってやればこの優男は尻尾を巻いて逃げるんじゃないか、最初はそう思っていました。
だが、話し始めてみると彼はチャラチャラしているどころか男らしく、申し訳ない、だが自分は何が何でも譲る気はないので諦めて欲しいというと頭を下げる姿からは気迫すら感じられました」
俺は、別れてくれと自分に迫った彼女の表情を思い出していた。二人とも真剣だったのだ。
ともだちにシェアしよう!