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第26話
「だけど…俺は6年前のあの時、大事なものを見落としていたんですね…。
あの二人は恋人同士じゃなかった…俺はてっきり二人は結婚したものだと思っていましたが、そうじゃなかったんですか?」
「ここから先の話は、ある意味6年前の彼らの言葉よりあなたにショックを与えるかもしれません。それでも聞きたいですか?」
「教えてください」
「あの二人の接点は美容院なんかではありませんでした。あの二人は、同じ病院にかかっていた癌患者だったんです」
「え!癌!?」
全くの予想外の答えに、鳩尾 を殴られたようなショックを受けた。
「あの当時、彼女は膵臓癌、松野さんは小腸の癌を患っていたんです。癌には色々種類があって、それによって自覚症状が現れる時期や進行の早さ、治療の難易度が違います。
私の彼女が患った膵臓は沈黙の臓器と呼ばれ、なかなか自覚症状がでない。彼女が気付いた時にはもう手遅れだったんです。
そんなことは露知らず、私は彼女にプロポーズをした。そこで彼女は一世一代の大芝居を打ったんです」
「芝居…」
「もし、彼女が末期癌であることを知ったら、私がドイツ行きを断るだろうと思ったんです。
ドイツはEUの中で最も取引高が多く、社内で重要なポストかつエリートコースの一つで私が昔から行きたがっていたのを知っていたからです。
私の足枷になりたくない、どうせ自分は助からないのだからと考えたんです」
余命わずかと聞かされて、ただでさえ不安でたまらなかっただろう。恐怖で押しつぶされそうだっただろう。それなのに、あの人は恋人に縋らず、彼のために突き放したのだ。
「…品川さんを愛していたんですね」
品川は静かに頷いた。
「彼女が松野さんと知り合ったのは病院で堪え切れずに泣いていたのを慰めてもらったのがきっかけだったそうです。同じ癌患者の気安さから彼女は私のプロポーズを断るつもりだと話した。すると、松野さんも自分も同じような事を考えていた、恋人に負担を掛けたくないから別れようと思っていると打ち明けた。そこから、二人の共同作戦が始まったんです」
「純太も俺の前から姿を消さなければならない程、深刻な状況だったんですか?」
「彼の場合は外科的処置、つまり手術が有効だろうと診断されました。ただ、成功率は60%、5年生存率は50%だと言われたそうです。
彼は、早くに両親を亡くされていて兄弟も無く、育ててもらった親戚の家との関係も良好ではなかったんですよね?
そうすると、きっと恋人である友永さんが負担を買って出ようとするに違いないと。だが彼は夢も将来もある、まだ19の青年なのだからそれを邪魔するようなことはしたくないと言っていました」
純…。
突然、純が時々腹を痛がっていたことを思い出した。
「社会人には色々あんだよ」と純はストレスのせいだというような言い方をしてあまり深刻に捉えていなかったと思う。
俺も、仕事が2年目に入り、相変わらずアシスタントであるのに新入りの後輩も入ってきて大変なんだろうなぐらいにしか気に留めていなかった。
もっと早く純の不調に俺が気付いてやっていれば…。無理やりにでも病院に連れて行っていれば、もっと早期に発見できたのだろうか?
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