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第29話
「松野さんはあなたに病気の事を隠したいと思っている。だから、私が勝手にあなたにコンタクトを取っていいものか悩みました。ですが、私は彼女を失う前に真実を知れて本当に良かったと思っているんです。
6年前、彼が手酷くあなたを棄てたフリをしたのは、あなたが病気と聞いて逃げ出すどころか自分よりも彼を優先してしまうのではと危惧したからでしょう?それだけ、あなたの彼を想う気持ちが強かったのだと思います。
そしてそれは今も変わっていない。彼の事を深く愛していたからこそ、裏切られたという思いから愛しさが憎しみに変ったんです。どうでもいい相手の事なんて、普通はすぐに忘れてしまいますから。
ですから、6年前のあなたには無理だったとしても、今なら判断をあなたに委ねてもいいのではないかと思ったんです。
勿論、私は友永さんに彼の面倒を見てやれなどと言うためにここへ来たわけではありません。私は情報を伝えに来ただけで、これを聞いてあなたがどうされるのかはあなたの自由です。むしろあなたに重たいものを背負わせてしまったと申し訳ない気持ちもあります。
ただ、あなたのことを思って、自分が悪者になる芝居を打ちあなたを遠ざけながら、ずっとあなたの写真を大事に持ち続け、わざわざこれを私に託した彼の気持ちを考えると…。そして、一昨日偶然あなたに会えて『初めて神様っているんじゃないかと思った』と泣き笑いをした彼の顔が頭から離れませんでした。
たとえこの先彼があなたの記憶を失ってしまうとしても、その前に互いに伝えたいことがあるかもしれない。私の独りよがりな考えかもしれませんが、置いていく側、置いていかれる側、両方の気持ちに触れてきた私としては、取り返しのつかないことになる前にあなたに選択肢をあげたかったんです」
俺は品川に精一杯の感謝の意を伝えた。
彼がもしこんなに情に厚い男でなければ、俺はなにひとつ知らないまま、最後に酷い仕打ちをしただけで純太を失ってしまったかも知れないのだ。
「今朝、あまり時間が残されていないとおっしゃってましたが、純太の手術はいつなんですか?」
「明後日、水曜の午後です。今日、もう入院をしているはずです」
あまりの猶予の無さに愕然とする。
その後、純太のいる病院を伝えて品川は東京へ帰っていった。少しでも俺に考える時間を与えようと、夜通し考え朝早くから出向いてくれた品川には本当に感謝しかない。
『初めて神様っているんじゃないかと思った』
あの再会をそんな風に言っていたなんて。
俺はあんなに自分本位な酷いことをしたのに。
今になって純が何故キスを拒んだのか分かった。かつての純の台詞を思い出したから。
『セックスも好きだけどキスが好きだな。キスってすげえ気持ちが伝わると思わねえ?』
きっと隠している本当の気持ちが俺に伝わってしまうのが怖かったんだよな?
あの涙は痛みからの涙なんかじゃなくて、もっともっと色んなものが詰まった涙だったんだよな?
夢だと思っていた「浩司、ごめんな」も、本当に聞いたのかもしれない。
ずっと俺の写真を持ち続けていた純。
スマホのロックも俺の誕生日のままだった。
だけど、わざわざ品川を巻き込んでまで、術後に俺の記憶を失っていた場合データを処分するつもりだったのは、ずっと抱き続けた痛みから純も解放されたかったのかもしれない。
純、ガキでごめんな。俺、ずっと自分のことばっかだった。
お前の精一杯の嘘に気付いてやれなくてごめんな。
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