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第4話

 田中の一日は寝室の壁一面に貼られた大河内の写真に話しかけることから始まる。  「会長、おはようございます。これから学校へ向かいます、待っていてくださいね」  写真の中の大河内は優しい微笑みを田中にだけ向けてくれている。田中は自分の顔を会長の写真に擦りつけると写真を舐め上げた。唾液で大河内の頬が光る。それを見て田中はぶるりと身体を震わせた。  「ああ、会長。どうして雄々しく美しいのですか。ここまで好きにさせた責任をとってくださいね」   カメラバッグにレンズや充電器まで全てを収め学校と向かう。今日も行くべきところは空き教室のあのカーテンの影、いつもの定位置だ。  「会長、今日も素敵です」  連続してシャッターを切る、その音が大河内に届かないことがもどかしくて仕方ない。きっと耳に届けば大河内はまた切なそうな目で田中を見上げてくれるのだろう。  「手に入れてぐちゃぐちゃにして、このカメラに収めてあげたい」  独り言は大河内には永遠に届かない、やはりそばに行かなければだめなのだ。けれども三年の教室に用もなく出かけるわけにもいかなければ、大河内の痴態を他の男の前に晒すわけにもいかない。  「あれ、会長どちらへ?」  何故か今日は大河内を見失ってしまった、望遠レンズでひとつひとつの教師の中をうかがう。トイレの中までのぞいてみても大河内の姿が見えない。見つからないまま時間が経つ。  「昼休みが終わってしまう」  五時限目が始まる前には教室に戻らなくてはならない。休み時間ごとに教室にいない理由は写真部や新聞部の仕事で校内のいろいろな写真を撮っているからと友人たちは思っている。確かに花や校舎の写真もある程度は撮っている、カメラを校内で持ち歩く理由がいるからだ。  「仕方ない、今日は職員室でもまわるか」  別に他の人間を撮りたいとは微塵も思わないが、校長をはじめとする先生の写真も必要だと部長に言われていたことを思い出した。  「失礼します」  昼休みには暇な教師がたむろしていると思っていた職員室には、ばたばたと忙しそうに走り廻る教師しかいなかった。  「あ、これ写真無理じゃねえ?戻って弁当食うか」  職員室のホワイトボードには校長出張の文字もある。これでは誰の写真も撮ることができない。職員室を出て保健室の前を通った時に確認したが、そこにも不在の札がかけてある。養護教諭もいないと思った瞬間にすりガラスの向こうに人影が見えた。  「なんだいるんじゃん。服部先生、いらっしゃいます?」  ドアをがたがたと動かしてみたが、扉には鍵がかかっていて動かない。確かに人影が見えた、それなのに何の物音もしない。何かがおかしい。保健室の窓が見える反対の校舎の階段を上がる、そして望遠レンズを構えた。  カーテンの隙間から誰かが見える。全身は見えないが、体操着の生徒のウエスト部分を弄る白衣の袖口。田中はいつものように無心でシャッターを切り続けた。放課後、写真部のパソコンにデータを映すと画僧ソフトを使い拡大して丁寧に調べた。それらの写真の中に生徒のジャージの名前部分が映りこんでいた。  そこには「大河内」と縫い取られていた。

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