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第3話
「献血したらΩになっちゃって。俺っ、どうしよう。犬塚さん」
「落ち着けタマ。なんで献血したらΩになったんだ?」
「あっ。そうじゃなくてね……」
鉄平は病院で言われた事を犬塚に話した。
「……そうか」
犬塚が自分がΩだと知ったのはブランカと暮らしていた時だった。ブランカはβに擬態する方法や発情期の時の対処法など教えてくれた。
もしも、ペドフェリアの男に飼われていた時にΩだと知れていたらと思うとゾッとする。
犬塚はブランカに救われたのだ。
犬塚の完璧な擬態を見抜いたのは竜蛇だけだった。
「驚いただろう。タマ」
Ωは過去に奴隷として扱われたり、優秀な子を産む道具として売り買いされてきた。
「Ωに自由を!」と訴える人権団体が増えて、法が改正され、随分と生きやすくなったとはいえ、未だにΩの立場は弱い。
マイノリティである以上、欲望や好奇の目に晒されることになる。
犬塚は鉄平のアッシュグレイの髪を優しく撫でた。
「……犬塚さん。俺、どうしよう……」
鉄平は不安げに犬塚を見上げる。向日葵の瞳がみるみる潤んでいく。
「犬塚さんと竜蛇さんは番でしょ。俺、しろうと番じゃなかったら……どうしよう」
「タマ……」
犬塚は互いが番と分かる前の竜蛇の言葉を思い出した。
『もしお前が他の男の番ならば、その男を殺してやる。ああ、番を殺せばΩは死ぬんだったな。ではその男を生きながら拘束してやろう。両手両脚を切断して、箱に詰めて生かしておいてやる』
おぞましい事を甘い声音で囁かれ、蛇のような琥珀の瞳で見据えられて、犬塚はゾッと凍り付いた。
『お前は俺のものだ』
ああ……この男は決して自分を諦めない。
琥珀の瞳に見つめられ、もう逃げられないと思い知らされる。
番であろうとなかろうと、竜蛇は犬塚を手放す気はないのだ。
その執着と歪んだ愛に、犬塚の体は絶望と歓喜に震えた。
犬塚に発情期が訪れた時、竜蛇と自分は番だと分かったのだ。
抑制剤無しの発情期は初めてだった。
あの一週間、狂ったように互いを求め合った。
そして犬塚は竜蛇の子を孕んだのだ。
「俺、しろう以外となんて……いやだよ」
鉄平はころりと涙を溢して小さく呟いた。犬塚が鉄平の泣き顔をぐいと上げさせた。
「おい。今から決め付けて落ち込んでも意味はないぞ。まだ分からないんだ。それにあの男はお前を絶対に諦めないだろう」
「犬塚さん」
「例え番じゃなくても、志狼はお前を手放さない。違うか?」
犬塚はまっすぐに鉄平を見て言った。
竜蛇もだが、志狼も相当愛が重いタイプだ。
鉄平を溺愛しているし、何があっても諦めないだろう。
「運命は自分で切り開け。お前がどうしたいか、正直になればいい。気に入らないなら抗えばいい」
「運命……」
運命というならば、志狼が鉄平の運命だ。
他の誰の事も志狼のように愛せないと思う。
「ありがとう。犬塚さん」
涙目の鉄平がにっこり笑った。
「俺、諦めないよ」
「ああ。俺の勘だと、お前の番は志狼だと思うぞ」
犬塚は鉄平を見て優しく微笑んだ。
「うん。ありがとう」
その時、竜蛇が帰ってきた。
「ただいま、犬塚。いらっしゃい、タマちゃん」
「あっ、竜蛇さん。おじゃましてます」
竜蛇は犬塚を抱き寄せて、頬と唇にキスをした。
「体調はどうだ?」
「問題ない」
愛しげに犬塚の黒髪を撫でる竜蛇に鉄平は「ラブラブだぁ」と少し照れてしまう。
「俺、お邪魔虫だよね」と気付き、帰ることにした。
「あ。あの、そろそろ帰りますね」
「待って。須藤に送らせるよ」
慌てて立ち上がった鉄平を竜蛇が引き止めた。
「志狼の大切な子猫だからね」
いつものように竜蛇は優雅に微笑んだ。
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