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02.君が告白される5秒前。

 全力で走っていた。どれくらい全力かと言うと、獲物を狩る時のチーターくらい。帰宅する生徒たちの間をすり抜け俺は、学年一のモテ男かつ、親友でもある相川駿(あいかわ しゅん)を探していた。 「秀、お前そんなに慌ててどうした?」  クラスメイトである山川太一(やまかわ たいち)が、不審がりながら問いかけてくる。隣にいた女子からは「秀くんも、今日部活が休みなら一緒にカラオケに行こうよ」と誘われたが、そんな暇はない!と勢いよく首を横に振る。 「悪い、俺今絶対絶命のピンチなんだわ」 「は?お前なに言ってるの?」 「すまん!本当に時間ないだって!今度また誘ってくれ!」  ポカンと口を開け佇む山川達に背を向け、再度駿の捜索を開始する。 「おーい、秀」    背中越しから山川に大声で呼ばれる。振り向くと、にやりと口を緩めた山川が  ピースサインをして「何が、ピンチなのか分からんけど解決するといいな」と言った。  友の声援に反応するように俺は右手を上げる。「うるせぇよ、ばーか」 ---  息を切らし、階段を駆け上る。告白スポットだと考えられる美術室や校舎裏など、あらゆる場所を探してみたが一向に駿は見つからない。これはピンチである。ピンチもピンチ。大ピンチだ。何故ならば今日、相川駿という男は俺と同じクラスの女子に告白される。その事を知ったのは昼休みに図書館で本を読んでいたの時だ。 「幸子、今日あんた勝負の日じゃん。ちゃんと準備してきた?」 「もう、圭ちゃんったら…やめてよ。でも、ちゃんと思いは伝えるつもり」    大好きな司馬遼太郎の小説を読んでいる時に後ろから聞こえてきた女子の小さな会話。最初はただの女子トークかと思い、全く意識せずにしていた。……が話を聞いていく内にどうやら告白相手が駿である事が判明した。 「幸子、相川君のどこが好きになったの?あんな不愛想なのに」 「うーん、不愛想なんだけど本当は優しいし……それにね、時折見せる笑顔が素敵なの」  なるほど。優しくて笑顔が素敵……気持ちは分かる。俺も、駿のそういうところが大好きだ。好きになるきっかけに、きっかけなんていらない。 「とにかく全部が好きなの、だから今日絶対に告白する」  ページをめくろうとした手が止まる。駿に告白する……?思いもよらない動揺が俺を襲った。 「今日放課後に時間もらったから、そこで告白しようと思う」 「やるねー肉食女!うまくいくように願ってる」 「ありがとう。圭ちゃん」  ただ聞いているだけならば、女子同士の友情に感動する会話だ。しかし今回は相手が駿という事実から全く感動することが出来なかった。実際、俺と駿は付き合っているわけでは無い。しかし、二人きりで出かけていれば、唇を重ねる行為も何回もしている。お互い公私共にかけがえのない存在であるはずだと俺は信じている。 「でも…」  駿にとって自分が性欲の処理としての遊びだったらどうすればいいだろうか。「好き」という言葉を一度も発してないことから、俺達に「カップル」と言う言葉の繋がりはなく、あるとすれば、「親友」の関係である。もし、クラスの女子に告白され駿がOKを出してしまったら……その可能性を考えるだけで、身体が震え、涙が出そうになった。 「早く、駿を見つけねぇと」 こんな小さな校舎の中で、何故見つからないのだろう。きっと神様が 俺の恋路を邪魔しているに違いない。 「どうしよう、このままじゃ駿が」  他の人の彼氏になってしまう。刻々と迫る時間に頭を抱える。 「お、秀じゃん」    聞き覚えのある声が、俺の名を呼んだ。 「優……?」  顔を上げるとそこには、双子の兄である優が立っていた。心配そうに俺を見つめている。 「お、お前なんかどうした……?いつも以上に気持ち悪い顔してるぞ」 「優、俺どうしよう…、このままじゃ俺……駿が……」  声を振るわせながら、優へと抱きつく。最後の一言で察したのか、優は抱き付く俺を気持ち悪いと吐き捨て、乱暴に投げ捨てた。 「いってえな、お前双子の弟が困ってるのにそんな態度は……」 「何があったのか知らんけど、駿ならてめぇと同じクラスの女の子に連れられて、屋上へ向かっていったぞ」 「屋上!?」  突然の大声に、優は耳を塞いだ。  そうか。屋上の存在を忘れていた。俺にとって屋上は、絶好の居眠りポイントであり告白スポットという認識はなかった。何たる失態だろうか。 「さんきゅ!屋上の存在を忘れてた!俺行くよ!」 「お、おう……」  優の返答を最後まで聞かずに、屋上へと走り出す。勢いよく階段を駆け上り、ハァハァと息を切らす。絶望に向かっているはずなのに、キラキラと風景が輝いて見えるのはなぜだろうか。屋上への扉のドアノブに手をかけると、駿の声が聞こえた。 「えっと桜井さんだよね……話ってなに?」  困っているのか嬉しがっているのか、少し浮いている声に苛立ちを感じる。 「ご、ごめんね。急に呼びだしちゃって。私ずっと相川くんに伝えたいことがあって……」 「何……」  空気がピンク色に染まる。これは危険だ。 「じ、実は私……前から相川くんの事がす……」 「はいはいはいー!ストップ、ストップ!」    最後まで言葉を言わせない為に、勢いよく扉を開け、大きく音を立てると駿と女子生徒の会話に割り込んだ。 「秀?」 「山中君?」 「えーっと、桜井さん、誠に申し訳ございませんが桜井さんが今告白しようとしている相川駿という男はですね……とても酷い奴でして。どれほど酷いかというと、もうこの俺が毎日ドキドキして寝れないくらいでして……えーっと、あーっと」    ひと呼吸置いて、話を続ける。 「つまり……何が言いたいのかといいますとね。俺はそんなしゅ……相川くんを桜井さんよりも凄く必要といいますか……」    恐る恐る、視線を上に上げていく。案の定、桜井の顔は般若のように真っ赤に膨れ上がり俺を睨んでいる。邪魔をするな、と訴えている。でもごめんね…… 「俺も駿の事が……大好きなんです」  そんなやりとりを、後ろからニヤニヤと満面の顔をして見つめている駿の顔を俺は一生忘れないだろうと思ったのだった。駿は桜井に気づかれないように声を出さずに口を動かす。 お・れ・も。

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