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12.
あれから何日か経った今もまだ、渡された連絡先にメッセージを送れないでいる。
「え、名刺を貰った?」
「そうなんだけど…なんかこう、展開が早すぎて…」
日付が変わって、つかの間の休憩。作ってきた弁当を開けながらぼそぼそと呟く。
「むしろ遅くねえ?もうすぐ1ヶ月くらいだろ、ホストってもっと手が早いイメージだったのに」
言われてみれば…変に触られたりもしていない上に、店でも最低限の会話のみ。一体なぜ名刺をくれたのかさっぱりで。
「本人に聞いてみりゃ良いじゃん」
「簡単に言ってくれるよな…」
あの容姿と声。最近やっとまともに話せるようになったのだ。これ以上下手に行動を起こして気まずくなったらどうしようもない。
「俺がお前みたいな見た目でその性格なら迷わず聞いてるよ」
焼きそばパンを頬張る細田をうらめしく見やった。
「芹生は自分を卑下しすぎなんだよ、もっと自信持てって!」
叩かれた背中は痛むが、その言葉を信じて少しだけ頑張ってみることにしよう。
「あ…いらっしゃいませ」
「こんばんは」
慌ててぺこりと頭を下げ、カゴを受け取る。
「やっと少し暖かくなってきましたね」
相変わらず柔らかい微笑を浮かべる彼は、珍しく私服を身につけているようで。
今日はお仕事じゃないんですか?と聞こうとして留まる。どこまで踏み込んで良いのか躊躇った。
「連絡先…」
「…え?」
黙々と商品をスキャンする俺の頭上に降ってきた声。いつもより小さいそれは聞き取るのがやっと。
「……渡したの、迷惑だった?」
その言葉を脳内で処理するのにだいぶ時間が掛かったと思う。
―――俺が、なかなか行動を起こさないから。
「ちっ、ちが、違います…!」
机に落としたペットボトルが転がる。
慌てて掴むと、その上から重ねられた手。
少し体温の低いそれを辿って目線をずらすと、ぶつかったのは優しさを湛えた深い瞳。
「…今日は、それが聞きたくて」
わざわざそのために来た、と言外に告げている。
ああ、だから私服なのか…。
半分意識を飛ばしながら会計を済ませ、袋を渡す。
「じゃあ、また―――」
「あっ、あの…!」
出口へ歩きかける背中に声を掛けた。
「…今日、連絡します!」
俺の言葉を受けた彼は一瞬目を見開き、軽く吹き出してしまう。
「ふ…わざわざ宣言しなくても」
耐えきれない恥ずかしさに、謝ろうと口を開きかけたものの。
綺麗なカーブを描いた三日月が消えてしまうのが惜しくて、そっと飲み込んだ。
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