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65.
ふっと引き上がった意識を感じて、目を開ける。ぼんやり手繰った記憶が正しいのか迷っている中、届いた香りに自然と緩む頬。
足りなかった分もたっぷり睡眠を取って、薬を飲んだお陰だろうか。少し動くのもあれだけ億劫だったことが嘘のようだ。
ゆっくり体を起こして、動けそうだと確認する。温くなった水を口に含んで、部屋を出た。
「―――あ、おはようございます」
匂いにつられるように歩いた先には、やっぱり芹生くんが居て。少し恥ずかしそうにはにかんで、手元の鍋に視線を落とした。
「お粥…?」
「はい、少しでも食べられそうならと思って。勝手に上がり込んじゃってすみません…これ作ったら帰るので、一応熱は計ってくださいね」
帰る、という単語がどうしようもなく寂しい。
普段なら気にならないそれも、今はつきりと胸に刺さった。
「体温計の場所、分からなくて…もしかして家になかったり―――」
振り返ろうとした彼の腰に手を回し、そのまま抱きすくめる。首筋に顔を埋めると、細い髪が頬をくすぐった。
「えっ、あの……!!」
彼は、俺のことを全く恋愛対象として見ていない。友達としては嫌われていないだろうけれど、恋人を望めば断られるのが容易に想像できる。
分かりきっていたはずのそれが、何故か酷く苦しい。
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