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何を、なんて聞けなかった。それをするには、あまりにも心当たりがありすぎて。 (……拒まないで、か) 思い出されるのは、あの日の駐車場。酷いことを言ってしまったと、今でも後悔している。 だから、敢えて何も言わなかった。いや…言えなかった。 食べ終わった食器を片付け、寝室に戻るよう促し、自らも後を追って先ほどの位置に座る。 勤務先に連絡を入れ、薬を飲んだ彼が眠る体勢に入る前、ずっと聞きたかったことを口にした。 「あの…ルイさん」 視線で応えてくれた彼を見て、ごくりと唾を飲み込む。 「……表札って、本当の苗字…ですか?」 俺は彼の本名すら知らない。それが少し悲しくて、今なら答えてくれるかもしれないと淡い期待を込めた。 一瞬の(のち)、ふっと吹き出した目の間のひと。まさかそんな反応をされるとは予想もしていなくて、きょとんとしてしまう。 「…うん、そうだよ。改まって聞くから何かと思って身構えたんだけど…ふふ、やっぱり君は面白いね」

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