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「メールでも言ったけど…このレポートを書くには、レモン市場の情報が非対称的であるということを絡める必要がある」 「資金家にはベンチャー企業の良し悪しを見分ける手段がない、ってことですか?」 「そうだね。売り手のみが専門知識と情報を有している状態で取引をすれば、不利益を生じさせたくない買い手はあまり手を出さなくなる。かと言って、必ずしも買い手側が不利益になるわけじゃなく、逆の場合もあるから。書く時にあまり偏りすぎると、教授に視点の問題を指摘されたりするから…気をつけた方が良いかな」 「な、なるほど………」 後で分からなくならないようにメモを取る。しかしルイさんが経営学にこんなに詳しいとは思わなかった…驚きだ。 「それを踏まえた上で、資金家がベンチャー企業の良し悪しを見抜く術が少ないことについて言及しようか。解消するためにはどうしたら良いと思う?」 「ええと…専門知識を身につけたり、詳しい人を雇う…?会計士、とか…」 「前者をもう少しシステム化すると、シグナルリングなんて呼ばれたりするけど…会計士に企業の財務諸表を記録してもらうのも手だね」 昔の記憶だから合ってるか不安だけど…と言いつつパソコンを操作する横顔を見つめる。 この人は一体何者なんだろうか…。 「その他によく使われている手段としては、成功した時の資金提供率を上げること。例えば―――…」 一通り説明してもらった頃には、だいぶ陽も傾いて。聞いたことが抜け落ちていないかメモを確認する。 「す…っごく分かりやすくて、びっくりしました…この調子で小テストもバッチリ解ける気がします!」 もうこれだけでレポートを書いた気分だ。ほう、と息をついて文字を眺める。 「勉強は嫌いだったけど、それなりにやっておいて良かったかな」 メモを大事にファイルへしまう俺を見て、飲み物を温め直す、と席を立ったルイさん。ずっと話していた俺達が動いたのを感じたのか、近寄ってきたミウちゃんを抱き上げて。 「ルイさん…どこの大学行ってたんですか…?」 膝の上にあるもふもふをぎゅっと抱きしめながら、そろりと見上げた。 「ん?K大学」 それは、とてもとても頭の良い学校で。俺は受けようともしなかった所。 「あれ…今は名前変わったっけ?」 俺の反応がないことに何度か瞬きをして。少し見当違いな質問をしてくるこの人が。 まさかあの大学へ行っていたなんて…! 彼が、俺の中で、優しいお兄さんから憧れのお兄さんへと変わった瞬間だった。

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