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「あ、お帰り~」 ひらひらと手を振る翔さんに頭を下げて、元の椅子に座った。 横から差し出されたのは営業用の名刺…と、裏に書かれた手書きのアドレス。本当に貰って良いのかとそちらを窺えば、くすりと笑った彼に頭を撫でられる。 「もちろん…プライベートの方に連絡してくれる、よな?」 内緒話のように耳元で囁かれて、頷くより他なかった。 そろそろ帰す時間だからオーナーに伝えてくる、と席を立つ彼を見送って、名刺をしまう。 ほんの短時間だったものの、ルイさんがいかに人気者なのか、嫌というほど思い知らされた。思わずため息をついた途端、頭上に落ちる影。 「…あんた、ルイの何?」 驚くほど冷たい声が降ってきて、顔を上げると。例の女性―――ミカさん、が。 突然のことに返事を返せないでいると、1人納得したように目を細めた。 「ふうん…女だと面倒だから男にしたんだ。まあ女に見えなくもないけど」 投げられた言葉の意味を考えようとした瞬間、息苦しさに襲われて。無意識で胸元を押さえる。 視線の先では、別の女性の手を取るルイさん。 やっぱり―――住む世界が、違う。 「選んだのが男なら、客もうるさく言わないしね」 その言葉を最後に、離れる足音。脳内でリフレインする笑い声。音楽と喧騒が遠く聞こえる。 「お待たせ、って…どうかした?芹生くん」 頭上から降ってくる声は気遣わしげなそれで。何でもないと答えようとしたのに、言葉が喉に絡んで出てこない。 俯いたままゆるゆると首を振るのが精一杯。 だから、気付かなかった。 頭上で(いびつ)な弧を描く、口角に。

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