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営業中だから、と裏口から彼を帰すことにした。
「1人で大丈夫?」
黙って頷く楓くんは、明らかに様子がおかしい。どう尋ねれば良いものか考えあぐねて、結局口を噤んだ。
「あ、何なら駅まで送りましょうか?」
斜め後ろから声を掛けてくる翔に返事をしようとした、その時。
「………俺が、男だから」
とても、小さな声で。ぽつりと漏らされた言葉は静かなこの場に良く響いた。
「1人の女性と仲良くなりすぎたら、お客さん減りますもんね」
言葉は頭に入って来るのに、意味が理解できない。ゆっくり顔を上げた彼は、今まで見たことも無いような表情をしていて。
何かに耐えるように。けれど、どこか諦めたような。
「ちょ、っと…待っ―――…」
「…今日は、ありがとうございました」
伸ばした手は、空を切って。扉の閉まる音で我に返る。慌てて追いかけようと足を踏み出した瞬間、腕を掴まれた。
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