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このまま裏に引っ込みたかったけれど、客をいつまでも待たせるわけにはいかない。特に今日はミカとのアフターが控えていて、彼女は開店早々に足を運んでいるから。 機嫌を損ねてしまうと面倒くさい、というのが本音だ。 「もう、話長すぎー!」 「ごめんごめん…寂しかった?」 ヘルプのキャストに見向きもせず、すぐさま俺に手を伸ばす様子に苦笑する。明らかにほっとした様子の後輩の肩を叩いてからミカの隣に座った。 「ふーんだ、今日はピンドン入れてあげようと思ってたのにな~?久々のアフターだからぁ」 正直あまり気乗りはしなかったが、ボトルを卸してくれるというならばご機嫌取りをする価値はある。 「…どうしたら機嫌を直してもらえますか?俺だけのお姫様」 恭しく手の甲に口付けて、少し上目遣いに見つめる。この表情に弱いことを知っていて実行する俺も俺だ。 「んー…じゃあねぇ、何の話してたのかミカに教えてくれたら良いよ~」 口元を緩めて笑う彼女の機嫌は少し直ったようで。しかし、まさか全てを話すわけにもいかない。 「…俺の大事な友達が、入院したって。伝えに来てくれたんだ」 「ふうん………もしかして、セリョウくん?」 心臓が跳ねた。何故だと思考を巡らせて、そういえば彼が店を見学に来ていた時も聞かれたと思い出す。 黙って頷くと、会得の行ったような表情で笑う。 「そっかあ、"大事な友達"………ね」 背もたれに体重を預けて伸びをする彼女から、ぽつりと漏れた言葉。 「―――…あのぐらいで倒れるとか、弱すぎ」

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