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周囲の音が、全て消える。 こんな時ばかり回転の早い脳みそにつくづく嫌気が差してしまった。 「ち、ちょっと用事…思い出し……」 雰囲気の変わった俺に気づいたのだろうか。慌ててカバンを掴もうとする手を、止めた。 明らかに、しまったという顔をしていた彼女。その細い手首を折ってしまわないように、息を吐いて力を逃がす。 「……何を、した?」 びくりと震える反応が伝わってきて。ああ本当に、と確信する。 「え…な、何もしてな―――…」 「言え」 睥睨する目の前の瞳から、みるみるうちに零れ出す涙。憐憫の情は、とっくに消えた。 真実以外は何も聞きたくない、と。視線から伝わったのか、恐る恐る口を開く。 ぽつりぽつりと落とされる言葉に、出かかった罵声を奥歯ですり潰す。 客の管理も、ホストの仕事。 これは、俺のせいでもあるから。

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