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110.
車に戻り、思いを馳せるのはついさっき起きた出来事。
俺を片腕で支えられる力と、逞しい胸板。シャツに貼り付いて浮き出た腹筋は綺麗に割れていて、同じ男なのにこうも違うのかと苦笑する。髪から滴る雫の一滴さえもきらきらと光っていた。
そして何より、
(……キス、されるかと、思った…)
目を伏せた端正な顔が更に近づいて、思わず逃げ出したくなったあの衝動は忘れない。一度顔を覆って、気持ちを切り替えようとしたところで、呼ぶ声が聞こえた。
「すいません遅くなっ、て………」
トランクを開けて、後ろ向きに座るルイさんを見て唖然とする。
「な、なんで脱いでるんですか…!」
「ん?だって濡れてたし。服、乾かさないと風邪引くよ」
それはそうだけれども。惜しげもなく晒された上半身を目の当たりにして、思わず視線を泳がせる。
「こんなに濡れると思ってなかったから、着替えは用意してないけど…はい」
大きめのバスタオルを渡されて、素直に受け取った。頭を拭きながら気付く。俺よりもルイさんの服の方がずっと濡れていることに。
「…すいません、子供で」
「俺も楓くんぐらいの時はヤンチャしてたよ」
笑いながら肩を回す彼を見ていて、ある箇所に目が止まった。今俺が立っている、斜め後ろの位置からだとよく見える…肩甲骨の上あたりに散らばる赤い傷。
「ルイさん、それ――…」
怪我してますよ、と続けようとして口を噤んだ。
(違う。多分、あれは)
「あー…爪、立てるなっていつも言ってるんだけど」
案の定。困ったように吐くため息とその言葉で察した。
「…気持ち良すぎてワケ分かんなくなっちゃうみたい」
ふ、と目を細めて笑う彼は。
俺の友達である前に、やっぱりホストなんだと。
改めて確認させられた。
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