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思わず隣のリンさんを小突く。彼もしまったという顔で口を覆った。
「…でっ、でもね!最近は枕営業しなくなったって専らの噂なのよ!」
慌てた様子で続けるが、それは出来れば秘密にしておいてほしかった情報で。混乱しているのか見境なく喋り出しそうなその口を塞ぐ前に、楓くんが食いついてしまった。
「それ、いつからですか?」
「8月の下旬だったかしら…」
その時期、何があったかは俺が一番よく知っている。頭を抱えてため息をつくと、痛いほどに感じる視線。
「……そうだよ、楓くんが入院してた頃」
もっと正確に言えば、想いを告げた後。
売上アップを目指していた初期と違い、固定客の付いた最近は枕営業をする相手も限られてきて。
「ミカが店に来なくなったから、する必要もなくなった。他の人とも…なんとなく嫌だったし」
枕営業をしないホストなんてほんの一握りだ。その中で成功しようと思うなら相当の努力が必要なのは明らかで。
それでも、目の前の彼以外を抱くことに躊躇いを持ってしまった。こんな一方的な想いだけでそこまで考えるなんて、ホスト失格と言われても仕方がない。
観念して白状する姿を、どう見ただろうか。
「…じゃあ、肩の傷は?」
問われて思考を巡らせる。
そういえば、海で―――…
言葉の裏に潜む執心に気付いて、口元を緩めた。
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