117 / 330

117.

思わず隣のリンさんを小突く。彼もしまったという顔で口を覆った。 「…でっ、でもね!最近は枕営業しなくなったって専らの噂なのよ!」 慌てた様子で続けるが、それは出来れば秘密にしておいてほしかった情報で。混乱しているのか見境なく喋り出しそうなその口を塞ぐ前に、楓くんが食いついてしまった。 「それ、いつからですか?」 「8月の下旬だったかしら…」 その時期、何があったかは俺が一番よく知っている。頭を抱えてため息をつくと、痛いほどに感じる視線。 「……そうだよ、楓くんが入院してた頃」 もっと正確に言えば、想いを告げた後。 売上アップを目指していた初期と違い、固定客の付いた最近は枕営業をする相手も限られてきて。 「ミカが店に来なくなったから、する必要もなくなった。他の人とも…なんとなく嫌だったし」 枕営業をしないホストなんてほんの一握りだ。その中で成功しようと思うなら相当の努力が必要なのは明らかで。 それでも、目の前の彼以外を抱くことに躊躇いを持ってしまった。こんな一方的な想いだけでそこまで考えるなんて、ホスト失格と言われても仕方がない。 観念して白状する姿を、どう見ただろうか。 「…じゃあ、肩の傷は?」 問われて思考を巡らせる。 そういえば、海で―――… 言葉の裏に潜む執心に気付いて、口元を緩めた。

ともだちにシェアしよう!