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143.
それから数日後。
『三井先輩、この間はすみませんでした。
ちゃんと説明したいので、放課後になったら会えませんか?』
咲からの電話に、ちょうど良い機会だと頷く。あの彼との関係も、今後の話もしたいと思っていたところだったから。
今日は活動が無いんです、と笑う咲に着いて音楽室にやって来た。
「まず、何から話せば良いのか…」
黙り込んでしまった彼女を視線で促すと、ようやく重い口が開かれる。
「…先輩には秘密にしていましたが、私…実は樋口財閥の一人娘なんです」
「財閥…?」
なんだか途方もない響きだ。漫画の世界でしか馴染みがない。
「て、ことはお嬢様?どうしてこんな学校に…」
ここは至って普通の公立高校。間違っても良い所の令嬢が好んで来るような場所ではなく。
しばらく視線をさ迷わせて、ひたりと見据えられる瞳は僅かに揺れていた。
「……三井先輩が、居たから」
俺が?居たから…?
突拍子もない答えに、思わず首を傾げてしまう。
「もうきっと忘れてしまったと思いますが…私が毎日のお稽古ごとに嫌気が差して、こっそり抜け出した時に一度お会いしているんです」
「え、いつ…」
「去年の5月頃でしょうか…まだ梅雨に入る前でした」
申し訳ないが、全く覚えていない。
俺の表情からそれを読み取ったのか、くすりと笑った咲はこう続ける。
「公園のベンチでぼんやりしていたら、急に雨が降り出して。雨宿りしようかと思ったんですが、なんだか投げやりな気持ちになってしまって…結局そのまま座っていた所に、先輩が」
鞄から出した薄い水色のハンカチを見ているうちに、うっすらと蘇る記憶。
「あれ…それ、俺の……」
「はい。風邪引いたら困るよ、って。渡してくれたものです」
確かその日は珍しく部活が休みで、たまには早く帰るのも良いかと思っていたら急に雨が降り出して…
折りたたみ傘を持たせてくれた母親に感謝しながら歩いていると、何故か雨宿りもせずにずぶ濡れの少女を見つけた。
放っておくこともできたのに、無性に気になってしまった俺は、気付けば傘を差し掛けていたような気がする。
「そのまま傘とハンカチを置いて、自分は走って行ってしまう姿を見て、どうしてもまた会いたいと思ったんです。それからお金と時間をかけて…この高校に通っているのを調べました」
ふと言い差して、自嘲気味な笑みを浮かべる咲。
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