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「突然、普通の公立高校に行きたいと言い出した私に対して周りは猛反対しました。それでも、お父様が出した条件を飲むことでやっとお許しを得られたんです」 夕陽の影になる彼女の表情は読めない。膝の上で大事そうに手を添えるハンカチを見つめた。 「財閥の勢力拡大のために、高校を卒業したら組織の決めた相手と結婚しろ、と…。それが昨日の彼です」 全てが腑に落ちる。ということは彼もまた御曹司あたりか。 彼女と同じ高校に通っていれば、動向も窺えて安心だろうし。 「…彼のことは、どう思ってる?」 問いかけに肩を震わせる彼女は、静かに首を振った。 「すごく、良い人です。優しくて……でも、やっぱり好きにはなれません…だって、私は……っ」 俯く頭を撫でて、手元のハンカチをするりと抜き取った。 ここから先を聞くべきではない、と。俺の直感がそう告げている。 「…これ、大事に持っててくれてありがとう。咲ちゃんは…自分が思ってるよりも、ずっと素敵な女性だよ」 はっと顔を上げた彼女の双眸から落ちる煌めきを見ないように、目を細めて微笑む。 「あ、の…っ、最後にひとつだけ、我儘を聞いてもらえませんか…?」 小さく紡がれた願い事。 一瞬悩んだが、首を縦に振った。

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